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RBSがインドIT大手Infosysとの約300億円の契約を解除

RBSがインドSI大手のInfosysとの3億ドル(約300億円)の契約を解除したというニュースをFinancial Timesが報じている。

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 記事によると、RBS傘下のWilliams & Glynのシステムを独立して構築することにInfosysは失敗した模様。過去数年の度重なる遅延で、総コストは既に15億ポンド(約2,000億円)に達するという悲惨な状況になっている。

日本でも最近みずほ銀行の次期勘定系システムが遅延しているのでは、というのが話題になっていたが、大規模SIビジネスはどうしてもこうした遅延やトラブルがつきまとい、訴訟リスク等も含めてコントロールは非常に難しい。

Infosysは先月の決算発表での売上予測が市場の期待値より低かったことから、株価が急落しており、このRBSとの契約解除はまさに「泣きっ面に蜂」と言える。

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一方で、記事でも触れられているが、より本質的に深刻な課題は産業全体のクラウドへのシフト。ITインフラからミドルウェア、そしてアプリケーションまでクラウドへの移行は急速に進んでおり、それは、旧来のオンプレミス環境でのシステム構築に強みを持っていたIBMやHP, Oracleなどの米のIT大手、そしてタタやInfosysなどインドのIT大手にとって脅威になっている。

その「脅威」となるAWSやMicrosoft Azureは大きな成長を遂げており、記事では英のOakNorth Bankが基幹系のシステムにAWSを採用したことに触れている。

Adobeのハーバード・ケーススタディーからクラウド時代の経営変革を考える

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Google, Amazon AWS, Salesforceといった企業が切り開いてきたクラウドビジネスはエンタープライズIT産業の風景を完全に変えました。それは単にテクノロジーの進化という点に留まらず、現代の「経営」の基盤にも大きな影響を与えています。

この記事では、シリコンバレーの「老舗」ソフトウェア企業で、一般にもPhotoshopやIllustratorでよく知られるAdobe社の経営変革について触れます。ハーバード・ビジネス・スクールのケース・スタディ "Reinventing Adobe" (Gupta & Barley, 2014)を参考にしつつ、経営変革を成功させるポイント、クラウドが現代の経営において持つ意味、などについて考察していきます。

まず、結論から言うとAdobeの経営変革は大きく成功しています。

商品は3つのクラウドで分かりやすく整理されています(以下の表・グラフの出典はAdobe Investor Handout

Creative Cloud(Photoshop, Illustratorなどのクリエイティブソフトウェア)のARR*は、2012年以来大きく成長し、2015年で25億ドル(約2800億円)を越えています。

*ARR(Annualized Recurring Revenue): 年間の定期売上

買収を中心に「新たに」作り上げたMarketing Cloud(Analytics, CMS, マーケティングオートメーションなどのマーケティング支援ソフトウェア)のビジネスは2015年に売上15億ドル(約1700億円)に迫るレベルまで成長しています。

3月17日に発表された最新の2016年度第1四半期の決算も非常に好調で売上は四半期として過去最高の13.8億ドル(約1540億円)を記録しました。株価はここ5年で大きく上昇し、時価総額は477億ドルと5兆円を超える規模です。

Source: Yahoo Finance

では、この成功はどうやって成し遂げられたでしょうか。Adobeの経営変革のポイントは以下の4点です。

1. 経営変革のビジョンを定める
2. 買収を通じて新たなビジネスを「創造」する
3. ビジネスモデルを大胆に組み換える
4. ウォールストリートと巧みに対話する

これからそれぞれのポイントについて説明していきます。

1. 経営変革のビジョンを定める

2008年の金融危機後、Adobeは「成長の壁」にぶつかります。Photoshopをはじめとした既存事業は成熟し、新しい商品の開発にも失敗していました。そこで、CEOのShantanu Narayenは経営陣を集め、経営変革の方向性を議論します。(Gupta & Barley, 2014, p1)

まず、インターネットの普及で、写真や動画は爆発的な規模で共有され、コンテンツ作成の方法もデジタル化で変化を遂げ、さらに「データ」が鍵を握るようになります。コンテンツ作成の核となるソフトウェアを持っていたAdobeにとって新たな成長機会が多くありそうでした。

一方で、例えばTIMEのような雑誌はAdobeのソフトウェア無しには作成できないにも関わらず、彼等のビジネス全体のバリューチェーンへの関与は限定的でした。単に商品を販売しているだけで、その「プロセス」や「意思決定」にまでは入り込めていませんでした。

さらに、Adobeの顧客は広告代理店、出版社、マーケティング部門が中心で、IT化の進展で力を増していたIT部門には入り込めていませんでした。そこではIBM, Oracle, SAPといった「巨人」達が圧倒的なプレゼンスを誇っていました。

これらの認識を踏まえ、経営陣は3つの方針を定めます。

a. 既存事業の成長機会を逃さず投資し続ける
b. 新領域に買収で入り込んでいく
c. 新しい「顧客」を発見する

方針はシンプルですが、当時のAdobeのポジションを考えると色々と示唆があります。

まず、Adobeがクリエイティブ・コンテンツ制作のソフトウェア分野で圧倒的なシェアを誇っていたことが重要です。情報・ネットワーク産業の肝の一つは「エコシステム」の構築ですが、Adobeはこの「エコシステム」を長期に渡って構築していました。

がゆえに、デジタル化の進展でコンテンツ制作の「文法」が変わったとしても、強い「エコシステム」を新しい「文法」に合わせていくことで大きなチャンスと変わる可能性がありました。

さらに、上記したようにAdobeは広告業界やマーケティング部門といった限られたセグメントでビジネスをしていました。しかし、デジタル化の進展はマーケティング自身の姿を変えていきます。

煎じ詰めれば「データ」がマーケティングの鍵を握るようになります。Adobeはその変化をうまく捉え、買収による新領域への進出、IT部門との関係強化、などを通じてこの変化に対応していきます。

実際Adobeはこの3つの方針をベースに、具体的に経営変革に乗り出します。

2. 買収を通じて全く新たなビジネスを「創造」する

上記1.で定めたビジョンをもとに、Adobeは新領域のビジネスへと踏み出します。2009年にウェブ・アナリティクス分野で大きなシェアを持っていたSaaS企業Omniture社を18億ドルで買収したのです。

実は、Omnitureの経営陣は当初Adobeからの買収提案に懐疑的でした(Gupta & Barley, 2014, p3)。

というのも、Omnitureが地盤を置いていたのは一般に「エンタープライズIT」と呼ばれる企業向け(BtoB)市場だったからです。Adobeは一般消費者向け(BtoC)が強い企業であり、BtoBの企業とは思われていませんでした。

なので、Omnitureが候補としてあげていたのは、SaaSの盟主SalesforceやOracle, SAP, IBMといった「エンタープライズIT」の巨人達でした。

これに対し、AdobeのCMO Ann Lewnes はこう述懐しています(Gupta & Barley, 2014, p4)。

Omniture買収はAdobeにとって合理的な選択でした。我々の商品は人々がコンテンツを作るのを助ける。で、コンテンツを作ればその効果を「計測」したくなるのは自然ですよね?しかもOmnitureはトップランクの出版社や広告代理店、強いブランドを持った企業、などに広くリーチできていた。Adobeも彼等の商品を使っていましたし、デジタル・マーケティングが今後のトレンドであることもよく分かっていたんです。CMOとしての立場からも、代理店に聞いて回る必要なしに、マーケティング予算の効果が自分で測定できることは魅力的でした。

このように両者間のシナジーを強調するAdobeにOmnitureの経営陣も納得し、AdobeはOmniture買収に成功します。

一方で、株式市場は否定的でした。WSJは”Adobe buys Omniture: What Were They Thinking?"という強い口調の記事で、買収による2者間のシナジーに疑問を呈しました。

ここで、Adobeが取った対応が非常に大切なポイントです。

AdobeはOmnitureをCEO直轄の単独事業部として残し、Omniture生え抜きの経営陣をそのトップに据えて「自主性」や「企業文化」を尊重しました。そればかりか、彼等から「学ぶ」姿勢を強調します。

というのも、上記したようにOmnitureが展開していたエンタープライズITのビジネスは、Adobeにとって新たな領域だったからです。

こうした対応は一般的な買収ではなかなか起こりません。特に買収が頻繁なソフトウェア産業では、IBM, Oracleといった巨大なプレイヤーが有望なスタートアップを買収後に、トップをすげ替えたり企業文化の強引な統合を図って、商品開発や営業の核を担っていた人材の離反を招き、結果として買収時の価値が失われるというのはよくある光景です。

CEOのShantanuは以下のように語っています。こうした姿勢が成功を導いたわけです。

Omnitureは業界のリーダーでした。なので、マネジメントチームをそのままにしておくことが、成功の鍵であることを我々はよく分かっていたんです。買収は難しい。常に真剣に取り組んで、うまくいくための「ポイント」を外さないことが重要なんです。

3. ビジネスモデルを大胆に組み替える

ミッションを定め、買収を通じて新たな領域へ参入し、Adobeの改革は本格化していきます。続いて、クラウドビジネスの肝と言えるサブスクリプションモデルの導入にAdobeはいよいよ踏み込みます。

ソフトウェアの販売は"パーペチュアル"と呼ばれる、一度ソフトウェアを買えばずっと使えるパッケージ販売モデルが主流でした。昔はPhotoshopやMicrosoft OfficeのCDが箱に入って売られていたのを皆さん覚えていると思いますが、あの売り方です。

それに対して"サブスクリプション"と呼ばれる定期(主に月額)課金モデルがあります。Salesforceに代表されるクラウドでソフトウェアを提供する企業は、こちらのサブスクリプションモデルが主流で、大きく成長していました。

Adobeのこの当時の課題をCEOは以下3点にまとめています。

1. 商品の価格が高すぎてこれ以上の拡大が見込めない
2. プロ以外の消費者にはソフトウェアの習得が難しすぎる
3. 過去の成功が大きすぎてより広いバリューチェーンでのビジネスをうまく検討できていない

この課題を踏まえ、Adobeは2011年に"Creative Cloud"と呼ばれるクラウドを通じて19種類のソフトウェアが、デスクトップ、モバイル、タブレットなど複数のデバイスで使える包括的なサービスを打ち出します。

販売形態はサブスクリプションが主で、個人は$49.99, チームでは$69.99の月額で全てのソフトウェアが使用できる契約となり、パッケージ販売の時の値段の$2,599と比べて大きく値ごろ感のある価格戦略を取りました。

これによって、今までAdobe製品の敷居の高さや価格に尻込みしていた消費者にも製品が広がります。さらに、既存の「プロ」ユーザーにとっても、クラウドで頻繁に製品アップデートが行われ最新のツールが使えること、今まで使ったことのなかった製品も包括的なクラウドサービスによって触れる機会を得られるようになったこと、などから商品の価値が上がりました。

この結果、以下のようにサブスクリプションモデルの契約数は1年で5倍近く(47.9万)拡大します(Gupta & Barley, 2014, p9)。

この成功に自信を深めたAdobeはさらに改革を進めます。2013年の自社カンファレンス(MAX)で、パッケージでのソフトウェア販売を全て中止し、今後はクラウドでの提供のみとする、と発表したのです。

これは非常に大胆な決断です。Adobeは過去に大きなインストールベースを持っており、その顧客がこのクラウドへの全面移行に伴い離反すれば、将来の売上を失うことになるからです。

現にMicrosoftはこんな声明を出しています。

Adobeのように、MicrosoftもサブスクリプションによるSaaSモデルが「未来」だと考えている。しかし、Adobeと違い、我々はパッケージ販売からサブスクリプションへの移行にはもう少し時間がかかると見ている。そのベネフィットは大きく、10年以内には、みんなサブスクリプションを選んでいるだろう。しかし、現状では、パッケージ型でソフトウェアを売り、関連サービスはサブスクリプションで売る、という形でいきたい。

しかし結論から言うとAdobeは賭けに勝ちました。この発表のあとにもサブスクリプションユーザーは増え続け、それはAdobeが想定していた以上のレベルでした。

ここはクラウド時代における経営の最大のポイントです。クラウドは顧客との「長期的」かつ「より深い」エンゲージメントを可能にするのです。

以前のように2年おきのアップデートでのパッケージ販売だと、どうしても目標数量を売るための販売者側の都合が前に出てきます。

一方で、クラウド+サブスクリプションモデルの場合、契約期間内に顧客が製品に満足しているかが契約更新を決めます。なので、販売者側にも、普段から顧客が満足する品質やサービスを提供し続けるインセンティブがあるわけです。

この構造に加えて、クラウドは頻繁な製品アップデートを可能にしますから、顧客の要望にきちんと耳を傾けながら、短期かつ頻繁なアップデートでその要望を叶えていくことが可能になります。

Amazon AWSが圧倒的な成功を収めているのも、基本的にはこの構造によります。クラウド、というとテクノロジーの観点から語られることが多いですが(またそれが重要なのは間違いないのですが)、より本質的には上記のように「顧客価値の向上」にごまかしなく向かい合える、というのが実は一番重要なポイントです。

このCreative Cloudの成功と並び、Omnitureの買収をきっかけに、ウェブコンテンツ制作、マーケティングオートメーション、動画配信管理、などのソフトウェア企業を立て続けに買収し、これらをMarketing Cloudとして統合します。

結果として、Adobeにとって新しい領域だったエンタープライズITでも、Marketign Cloudは大きな成功を収め、ここでも事業変革の方針通りに「実行」できたことになります。

4. ウォールストリートとの巧みな対話

1.-3.で見てきたAdobeの変革の基盤を支える要素として、最後にフィナンシャル・マネジメントの点に触れたいと思います。

ご存知のように、アメリカでの投資家の圧力は非常に強く、「四半期ごと」に彼等が予測する売上やEPS、経営にとって重要なKPI、翌期以降の業績ガイダンス、などに企業業績が達しない場合は、容赦なく株が売られます。

よって、Adobeのような事業変革を成し遂げるには、ウォールストリートといかにうまく対話して、彼等に変革の内容と計画を十分に納得させ、その計画通りに実行し業績を出していく必要があります。

これは「言うは易し、行うは難し」です。しかし、Adobeはこの点もうまく乗り切ります。

以下は2012年~15年の売上と営業利益率(Operating Margin%, Non-GAAP)の推移です(出典はAdobe Investor Handout)。2013年に売上と営業利益率が大きく下がっているのがわかると思います。

ここがポイントで、パッケージ販売からサブスクリプションに変わると短期的には売上と利益が下がります。サブスクリプションは薄く長く回収していくモデルだからです。

通常こうした売上と利益の減少についてウォールストリートで理解を得るのは難しいです。しかし、Adobeは、今は事業変革中であり短期的には業績が下がるが長期的には必ずうまくいく、ということを別の指標で示すことで市場の説得を図ります。

それがARR(Annualized Recurring Revenue)です。これは簡単に言うと、既存のサブスクリプション契約から見込める1年間の売上、です。サブスクリプション契約の解約率は通常あまり高くないですから、この数字が積み上がっていけば、安定した売上と利益が見込めることになります。

それを示したのが以下のグラフです。2012年に27%だったARR比率は2015年には74%と大きく上がっています。

この指標に市場の関心を向けさせ、着実にサブスクリプション契約を増やしていくことで一度下がったAdobeの売上と利益は再度増加していきます。

上に挙げたグラフを改めて見ると、2013年に$4,055M, 23.1%まで下がった売上と営業利益率は、2015年には$4,796M, 28.9%と売上については2012年を超える規模となり、利益についても順調に回復してきています。

このように、ウォールストリートとうまく対話することで、市場からの圧力に耐え切れず改革が中途半端に終わる、というアメリカ企業によくある事業変革の課題をAdobeは乗り切ったと言えます。

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以上4つの観点からAdobeの事業変革を見てきました。

ポイントは彼等が「実行」と「顧客価値」にきちんとフォーカスできていたことだと思います。企業経営では、お題目としての計画が実行されない例は枚挙に暇がないですし、顧客価値がお題目になっていることもまた多いからです。

【参考文献】
Sunil Gupta & Lauren Barley (2014). Reinventing Adobe. HBS No. 9-514-066. Boston, MA: Harvard Business School Publishing.

Adobe Investor Handout, January, 2016
http://wwwimages.adobe.com/content/dam/Adobe/en/investor-relations/PDFs/ADBE-Investor-Handout-Jan2016.pdf

データ分析してみると「人事の常識」は間違ってるかも、というお話

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Mckinsey Quarterlyは、経営の最前線のテーマについて幅広く触れた論考が読めるので重宝している。マッキンゼーのコンサルタント自身が執筆しているので、程よく現場感覚もあり、またデジタル化というテクノロジーの大きな流れもきちんと抑えているので、日々の実務を行う上でのヒントが結構見つかる。今回紹介したいのは、"HR Tech"に関するネタ。

www.mckinsey.com

"People Analytics"、つまり人事領域のデータ分析活用が進むと、今まで人事で常識と思われていたことが実は間違ってたことがわかるかも、というのがこの小論のテーマ。事例とともに3つポイントがあげられている。

どこから人を採用すべきか

あるアジアの銀行では、トップ大学からの採用を最重視していたけれど、各支店でのパフォーマンスを統計分析してみると、どんな「役割」や「ポジション」で経験を積んだかの方がハイパフォーマーと相関が強い、という結果が出た。この銀行はこの結果をもとに、採用手法の再検討、パフォーマンスの計測方法の変更、人材の最適配置、などに関する施策を打ち出し、支店における生産性を25%高めたという。

どうやって採用するか

あるプロフェッショナル・ファームは、年間25万件にも及ぶレジュメが送られてくる状況に困り果てていた。そこで、過去送られてきたレジュメや採用された人の特性、取りたい人材のタイプ、などを統計分析にかけて、採用モデルを構築し、自動化されたスクリーニングで候補者をふるいにかけた。これによって、採用者側で必要なタスクは大幅に減り、面接に集中することが可能になった。

どう人材を引き止めるか

高い離職率に悩まされていた保険会社は、従業員プロファイル、学歴や職歴、人事評価、給与水準などのデータを分析にかけた。そこでわかったのは「比較的小さなチームで、なかなか昇進していなく、パフォーマンスが悪いマネージャーのもとにある社員」が離職率が高い、という事実。そこで、この企業は、従業員のスキル開発やマネージャーのスキル向上に投資することを決定し、離職率を下げることに成功した。ここでのポイントは「給与水準」が一番の要因でないということ。それよりは、しっかりとしたマネージャーのもとで、自分がきちんと成長できているか、というのが重要というのは大切な洞察といえる。

人事領域におけるデータ分析の活用は、経営においていま一番注目されてるテーマの一つ。米企業はファイナンスやマーケティングに比べ、データの取れない人事領域は後回しにしてきたけれど、様々な形でデータ取得できるプラットフォームが整ってきたので、一気に焦点が当たっている。今後も随時触れていきたい。

優れたプレイヤーがマネジメントを嫌うわけ

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僕は様々な部署のマネージャーとやり取りがあるのだけれど、プレイヤーとして優れた人ほど、マネジメントの立場で数字を管理したり、人を方向づけたりすることを、どこか「純粋でない」仕事と思っているなと感じる時がある。それはそれで一つの見識と言える。一方で、管理職の立場になったら、人をマネジメントすることから逃げるわけにんいかないので、ここは壁になってくる。

もちろん、一生プレイヤーでやる、というのも不可能ではない。ただ、優れた人材はやはりマネージャーとしての役割を会社から期待されるし、その仕事をどう本質的に捉えて面白さを見つけていくか、というのはキャリア構築上避けられない。

優秀な人がマネジメントの仕事を好まないのは、誰かに仕事を「やってもらう」(もしくは「やらせる」)側面をどうしても含むからなんだろう。優秀な人はマネージャーから何かを「やらされる」ことを好まないし、誰の力でもない自分の力で成果を出してきた、と自負を持っている場合が多い。なので、いざ自分がマネジメント側になった時にどうしてもそこに違和感を感じてしまう。

結果として、メンバーを放置していたり、自分の成功モデルでメンバーを詰めまくるマネージャーなどが生まれる。当然のことながら、それは長期的に組織が成功するやり方でないので、パフォーマンスがあがらない組織を前にして、彼等は苛立ちを募らせていく。

さらに、そういうマネージャーを上位マネジメントが、プレイヤーとしての優秀さに遠慮や尻込みしてきちんとマネジメントを教えられないと、結果的にもっと不幸なことになる。彼等はマネジメントというのが改めて学ぶ必要のあるスキルであることをうまく認識できず、プレイヤー時代の成功モデルを組織にそのまま持ち込もうとして失敗していく。残念ながらこういう例は多く見てきていて、結局マネージャーとして実績を残せないままプレイヤーに戻っていく人も多い。

また、マネージャーから適切なマネジメントを受けられないことは、組織のメンバーにとっても不幸なことになる。よくあるのは、プレイヤーとして優秀なマネージャーが、難しい仕事を自分で巻き取ってしまうこと。メンバーの実力を信じきれなかったり、育てる手間を面倒と感じるがゆえに、彼等は自ら仕事を推進してしまう。それはメンバーの成長のチャンスを奪うことになり、結果的にマネージャーにとって一番欲しい「優秀なプレイヤー」が生まれてこない悪循環に陥っていく。

こうした残念な例は本当に多い。「優秀なプレイヤー」だった人をうまく説得するのはとても骨が折れる難しい仕事なのだけれど、マネジメントの巧拙が業績を決めるので、嫌われても仕方ないなと思いながら彼等と向かいあうのだった。

 

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

 

 

なぜ目標を立てることが成功の秘訣なのか~産業・組織心理学から読み解く

 

産業・組織心理学エッセンシャルズ

産業・組織心理学エッセンシャルズ

 

 今日は最近じっくり読んで勉強しているこの本のご紹介。

経営管理の仕事をしていると、組織や人のマネジメントに長けているマネージャーとそうでないマネージャーがいることに気づく。そして、マネジメントが得意なマネージャーは必ず何かしらの「方法論」を持っている。僕もマネジメントの経験を積むにつれて、そういった「成功モデル」をいくつか持っている。これらの方法論の理論的背景を勉強したいなと思っていたのだが、この本はまさにその要望にぴったりで、非常に勉強になる。

紹介したい理論はたくさんあるのだけれど、この記事ではまず「目標達成理論」に触れたい。

現実の多くの仕事は達成が困難で報酬も不十分である。期待理論では動機付けの低いこのような仕事でも、なぜ人は努力するのか、これを説明し予測するのが目標設定理論(goal-setting-theory)(Locke & Latham, 1990a)である。目標設定理論では、明確で困難な目標を設定した場合、人は強く動機づけられ高い業績をあげると考える。「産業・組織心理学エッセンシャルズ」 p20

ここのポイントは「明確で困難な目標」というところで、「30分で10問」という目標の方が、「30分で2問」といった簡単な目標、「最善をつくそう」といった曖昧な目標よりも業績を高める、という例があげられている。

さらに、ただ目標を立てるのでなく「必ず実現しなければならない"コミットメント"を必要とする目標」とすることも重要であるとされている。例として「今年の利益目標は1000万円」でなくて「今年中に1000万円の借金を返さねば倒産する」といった目標設定が効果的であるとされている。

この2つのポイントは、アメリカ企業にいると非常に頷けるところで、よく「ストレッチ」という言葉で表現されている。売上や利益、といった目標に限らず、まず「ストレッチ」された難易度の高い目標を具体的な数字と共に「ターゲット」として設定し、責任者に達成を強く迫っていく、というのはアメリカ企業のマネジメントの「基本」と言えるくらい当たり前の手法になっている。

さらに、上の例にある「借金を返さねば倒産する」という目標にコミットさせる部分は、アメリカ企業だと「達成しなければクビになる」というプレッシャーがあたる。もちろん達成しなければ「必ず」クビになるわけでないけれど、クビになったり、役割を外されるかも、という可能性は常にあるので、それは社員に「コミットメント」を促す仕組みとして機能していると言える。

この目標達成理論に基づいた高業績サイクル(Locke & Latham, 1990b)というモデルも非常に面白い。

明確で困難な目標が業績を高めるのは努力に加え、目標が努力だけでは実現できないので新しい方略・技術の考案や学習が促進されるからである。やさしい目標では努力の集中や方略の考案の必要がなく、曖昧な目標では何をどこまですべきかの基準が明確でないので業績が高まらないのである。同上 P21

これは非常に重要なポイント。明確で難しい目標を「立てることによって」イノベーションが生まれ、それが成果に結びつく、というのは多くの含意がある。イノベーションというと、イノベーションの内容に目が行きがちだけれど、まず目標を立てることが「どうやったらそこにたどり着けるか?」という試行錯誤を引き起こし、その繰り返しが結果的にイノベーションを生む、というのは、確かに成功の秘訣になっている事例が多い。

例えば、テスラもまさにそのやり方をとっている。イーロン・マスクは、まず「明確で困難な目標」を明示した。高級車のロードスターからスタートし、モデル S & Xを経て、モデル3でマス・マーケットに進出する。EVの量産化には懐疑的な声が大きかったが、この「明確で困難な目標」に沿って突き進んだ結果、400万円クラスのモデル3の発表にまで漕ぎつけ、あっという間に40万台に迫る予約を獲得した。

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さらに、この「高業績サイクル」を支えるものとして「動機づけ」の重要性が論じられている。

目標設定理論の想定する行動は、実現可能性が高く価値のあるものをめざす期待理論の想定する行動ではない。この行動のめざすものは外的な報酬ではなく自分自身に対する内的な評価の高まりである。(中略)この動機づけによる行動では、達成できない場合でも成果のレベルは高くなるので必ずしも失敗とならない。また、挑戦したこと自体や努力の過程で知識や技術を身につけたことが内的報酬となるので、達成できないことが必ずしも大きな不満足をもたらさないという特徴がある。同上 P22

これまたとても頷けるポイント。金銭など外的な報酬でなく、自分が成長している、という手応えや実感こそが内的な報酬として人々を動機づける。これは多くの人が思い当たる経験を持っているのではないだろうか。

僕も自分が一番成長したと感じ、深い充実感を感じていたのは、前職でCOOから毎日のようにストレッチ気味の経営課題を与えられて、そこに徹底的に没入してベストの解を出すべく奮闘していた時。彼は厳しい課題を突きつけてくるだけでなく、フィードバックも常に与えてくれて、うまくいけば褒めてくれたし、うまくいっていない時は示唆や洞察を与えてくれた。朝起きてから夜寝るまで、経営課題が頭を離れることはなかったけれど、そこでの挑戦や学びは何よりのモチベーションとなっていた。

行き過ぎた金銭的報酬が、社内のインセンティブ構造を歪め金融危機の一因となった、と欧米の金融期間は危機後に厳しく批判された。それ以来、欧米企業では、金銭的報酬でなく内的報酬こそが重要だというのが、Googleなどテクノロジー企業の成功と合わせて強調されはじめている。その流れにおいても、これらの心理学の理論モデルは非常に興味深いと思う。

「ダメならクビ」がハイテク産業の勢いを支えている理由

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いま一緒に仕事をしている事業部長はなかなか含蓄のあることを言うのだけれど、この前こんなことを言っていた。

僕のポジション(シニア・ディレクター)って、運や政治に左右されることも多いから、急にポジション失うこともよくある。それはしかたないのよ。だからさ、きちんと組織を作って、人を育てて、組織の成功を導く「モデル」とか「文化」を作るのがやりがいだよね。

 こういうことをさらっと言えるのはカッコよい。実際のところ、アメリカ企業でディレクター以上(日本企業の執行役員レベル)になり、しかも事業責任を担う役割についていれば、業績が2四半期連続で悪ければほとんどアウトで、たいていの人はクビになるまえに他の仕事を探し始める。また、当然ながらアメリカ企業、特に大企業には社内政治が多かれ少なかれ存在するので、同じ業績を出していても経営陣の評価が異なってくることもよくある。

ダメなら即クビ、というのは厳しく聞こえるかもしれないけれど、産業全体で成長が続いているハイテク産業は、労働市場の流動性が高く、新しいチャンスは外部にいくらでもある。なので、自分のスタイルで業績を残せそうにないなと思えば、彼等はためらいなく会社を辞めて次の機会を求めていく。

この構造の利点は2つある。まず労働市場の流動性が担保されているので、事業責任者や管理職のレイヤーで新陳代謝がきちんと起きる(起こせる)。簡単に言えば、ダメな管理職が重要なポジションで滞留することを防げる。特に、アメリカ企業の経営モデルの場合は、組織の業績はマネジメントの巧拙にかなり依拠しているので、この「新陳代謝」は企業経営において非常に重要なポイントと言える。

以上は雇用者側の視点で、雇われる方にとってもメリットはある。それは、上記した事業部長のように自分の「やりたいこと」を追求できるという点。彼が触れているように、自分がきちんと社内で評価されるかは、運や社内政治にも大きく左右される。ならそこに拘泥しないで、自分がこうしたいと思うビジネスを追求しよう、となる。

実際のところ、いま僕が所属している会社でも、非常に優秀で業績をあげているディレクターが、自分の上司が変わったらすぐ辞めるという例は世界中で頻繁にある。上記したように、ハイテク産業はあちこちにチャンスがあるので、自分が「やりたいこと」が自由にできなそうなら、すぐ他社に移っていくわけである。

もちろん、こういう風に考えず、社内政治をうまく乗りこなして業績があまり出ていないのに居残る人もいる。ただ、全体としてそういった人が安穏としていられない環境と構造があり、それがハイテク産業の勢いを支えていると感じている。

日本的雇用慣行を打ち破れ

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能力主義と企業社会 (岩波新書)

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ラオスの村を訪れた時のこと

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僕は会社でつい近くの人と雑談してしまうんだけど、今日なぜか大学時代のNGO活動の話になった。

ちょうど「国際援助」というのが日本でも盛り上がりを見せており、国際政治における新しい「アクター」としてNGOが注目を浴び始めたころだった。僕もあるNGOによく顔を出していて、2年生の夏に「スタディーツアー」で、彼等が支援しているラオスの村を尋ねることになった。

今日雑談しながら思い出したのは、そのラオスの小さな村に実際滞在して支援活動を行っていた一人の熱い若者について。

いったい彼はなぜ辺鄙なラオスの村に、NGO職員として辿り着いたのか?

彼はSFCを卒業して、ある大手の石油会社に勤務していた。働き始めて数年が経った頃、阪神大震災が起きて彼は発作的にボランティアに向かう。そのまま彼は会社を休み、ボランティア活動に必死に従事した。しばらく活動を続けたあと、いつまでも仕事を休むわけにもいかない彼は東京に戻ってくる。

そこで彼は部屋に戻り、温かいシャワーを浴びる。そこで彼はこう思う。

「被災地では今も多くの人が苦しんでいる。でも俺はこうしてきれいな部屋で、温かいシャワーを浴びてほっとしている。矛盾じゃないのか」と。

そして、彼はそのまま会社を辞め、ボランティア活動に戻っていった。その後NGOに辿り着き、ラオスの小さな村に「持続的な農業」支援を行う職員として派遣された。

村で会った彼は流暢なラオス語で村人と会話し、ツアーに参加した学生たちに熱く語りかけてきた。

「この村にはね、近代国家が収奪し、破壊してきた伝統的な文化が残ってるんだよ。彼等が代々受け継いできた農業は守られるべきなんだ」

「僕はね、このラオスでの活動が終わったら、日本で有機農業をやるつもりなんだよ。農業からあるべき社会の姿を考えていきたい」

今でも、そうまくし立てる彼の目を覚えている。熱気に満ちた語り口。派手に手振り身振りを加えながら、彼はこちらをきっと睨みながら話しかけてきた。その眼差しは本当に真剣だったけれど、その奥にはどこか寂しさを感じさせた。

大学卒業後はすっかりそのNGOにも顔を出さなくなってしまったので、彼が、その後どこで、なにをやっていたかは全く知らない。彼は、自分の信じるところに従って、あのこちらが気恥ずかしくなるくらいの真剣さで、有機農業をはじめたのだろうか。それとも全く違うなにかをやっているのだろうか。

僕は「国際援助」とは程遠いビジネスの世界で15年ほど過ごしてきた。でも、たまに、NGO活動を通じて出会った、多様で、真剣で、そして少し変わった人達のことを思い出す。そして、その頃の自分がなにを真剣に追い求めようとしていたのかを考える。

米投資銀行の「Google化」について

next.ft.com

ゴールドマン・サックスの新卒応募が25万人を越えた、というFinancial Timesの記事について触れたい。

まず、この記事の背景にあるのは、アメリカでは金融危機後の規制強化と業績不振、高額報酬への世間からの強い批判、極端な長時間労働、などを理由に、ゴールドマン・サックスやモルガン・スタンレーといった投資銀行の労働市場における人気が落ちてきているということ。

逆に人気が高まっているのはハイテク業界。Google, Facebook, Amazonといったハイテク業界の中心プレイヤーから野心的なスタートアップまで、エンジニアを中心に優秀な人材を高額の報酬で奪い合っている。さらに、Googleが先鞭をつけた至れり尽くせりの福利厚生やお洒落なオフィス、そしてなにより従業員の「自由」や「イノベーション」を尊重する企業文化が、多くの優秀な若者を引きつける要素になっている。

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例えばハーバード・ビジネススクールの卒業生の進路を見ると、この流れははっきりしている。上にあげたグラフ*は2011年と15年の卒業生の進路を比較したグラフだが、11年には39%が金融業界(Financial Services)に就職していたのが、15年には31%と8%も減少している。

一方でハイテク業界(Technology)は、逆に11年に11%だったのが、15年には20%と9%も増加している。つまり、金融業界の減少分がそのままハイテク業界に移ったことを表している。

(なお、コンサル業界が24%と安定した人気を誇っているのも興味深い。コンサルティングへの安定した需要、高い給与水準、「知的」職業としての面白さ、などは高学歴層には依然として魅力を保っていると言える)

こうした「不人気」に危機感を感じた金融業界は、過剰な長時間労働の是正パフォーマンスレビューの廃止サバティカル休暇の提供、など「Google Model」を意識した従業員待遇の改善による魅力の向上に努めてきた。FTの記事で触れられているように、そもそも金融業界の「不人気」というのは誇張されすぎてきた面はある。一方で、こうした施策によって就職先としての魅力が改善してきていることは事実だろう。

また、FinTechの潮流はハイテクと金融の接点に新たな産業を興しつつある。AI, IoTが生み出す大きな変化を考えると、テクノロジーという「横串」と既存の産業との接点に「魅力的」な仕事が産まれてくる、というのは今後も続いていく流れで、そこが世界中から優秀な人材を惹きつけ続けるアメリカの強さであろうと改めて思う。

 *Source: AT-A-GLANCE Recruting, Harvard Busines School
http://www.hbs.edu/recruiting/data/Pages/at-a-glance.aspx?tab=career&year=2015
http://www.hbs.edu/recruiting/data/Pages/at-a-glance.aspx?tab=career&year=2011

 

最高の仕事ができる幸せな職場

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How Google Works

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  • 作者: エリック・シュミット,ジョナサン・ローゼンバーグ,アラン・イーグル,ラリー・ペイジ
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
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ワーク・ルールズ!―君の生き方とリーダーシップを変える

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ベネッセ原田社長の退任から透ける「現場の抵抗」問題解決の難しさ

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business.nikkeibp.co.jp

ベネッセの原田社長が退任を発表した。この日経ビジネスの記事では、彼が就任当時に漏らしたこんなコメントに触れている。

ベネッセの社員は教材作りなどで優秀だが、学級委員タイプでマーケティングや財務などの経営の基本ができていない

原田氏の経営手法が実際どうだったかは別にして、この「経営の基本が共有されてない」というのは、日本企業が抱える課題と言える。日本企業の経営では、その企業「独自」の経営手法が賞賛される傾向にあり、結果として欧米(最近ではアジアでも)で標準化されつつある経営の基本的な手法に精通した人材が少ない。

さらに、こうしたグローバルで標準的な経営モデルに移行しようと望んでも、企業(事業)の成熟期に入ってから経営の仕組みや人材のスキルセットを変えるのは難易度が高い。特に、日本企業で一般的な終身雇用モデルだと、その変革はさらに難しくなる。

そこで、多くの企業は外部のコンサル登用や中途採用でその課題に対応しようとしているのだが、「民主型」の日本の経営モデルだと、現場からの強烈な突き上げ、というさらに困難な課題があり、それを解けずに経営陣が変革を諦めていく場合が多い。

経営モデル移行の困難

ベネッセの課題もまさにそこにあるように見える。「進研ゼミ」をはじめとした教育事業は、安定した事業基盤となって会社を支えてきたし、そこでの成功で得たキャッシュを介護事業などに投入する形でベネッセは事業拡大してきた。現在の業績不振は個人情報流出に起因する面も大きいとはいえ、より本質的には、少子化やリクルートのスタディサプリのようなデジタル化による変化に、既存の成功モデルが以前ほど通じなくなっていることが大きいだろう。

圧倒的な成功モデルを持ち、しかもそれを担う人材が長期間変わっていないと、ベネッセが直面しているように、市場の変化に対応した経営モデルに移行していくのはとても難しい。日経ビジネスの記事からは、この課題をうまく解くことができなかったことへの原田氏の苛立ちがとてもよく伝わってくる。

「お神輿型」マネジメントの課題

日本企業の経営モデルは「お神輿型」だというのはよく言われる。これはお神輿の上に乗った経営陣を、「現場」のミドル層が「担ぐ」形で経営が行われる様子を指している。

この例えが面白いのは、経営陣がお神輿の上に乗っている、ということは、それを支えるミドル層が経営陣を神輿から「落とす」ことも可能だということ。つまり、経営陣の生殺与奪をミドル層が握っていることになり、実際のところ日本の経営では経営陣の意思決定を「現場」のミドルが押しつぶしたり、抵抗勢力としてその実現を阻むケースがとても多い。

三枝匡「V字回復の経営」が名著である理由の一つは、「抵抗勢力」をどう抑えながら改革を進めるか、という日本の経営環境で一番難易度が高く、重要な課題を正面から取り上げているから。彼の本からは、「現場」の抵抗、という経営における困難がリアルに伝わってくるし、それをどうやって解くべきかの回答を、具体的なストーリーを通じて学ぶことができる。

大切なのは、欧米型経営のコンセプトをそのまま日本企業の経営に導入しようとすることでなく、日本型経営の歴史や企業ごとの特性を十分に踏まえた上で、経営のリアルな「現場」でどうやって競争力のある経営モデルを導入、実行していくかにある。その困難に正面から向きあう経営陣や管理職が増えないと、今後もベネッセが直面しているような課題を解くことは難しいだろう。

V字回復の経営 2年で会社を変えられますか 企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

V字回復の経営 2年で会社を変えられますか 企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

 

 

経営パワーの危機 会社再建の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

経営パワーの危機 会社再建の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

 

 

戦略プロフェッショナル シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

戦略プロフェッショナル シェア逆転の企業変革ドラマ (日経ビジネス人文庫)

 

 

比較制度分析序説 経済システムの進化と多元性 (講談社学術文庫)

比較制度分析序説 経済システムの進化と多元性 (講談社学術文庫)

 

 

キャリア構築のヒントについて、リクナビNEXTジャーナルに寄稿しました!

next.rikunabi.com

リクナビNEXTジャーナルに寄稿しました。20, 30代の若いビジネスパーソンを励ますような記事を、というお題を頂いてから色々考えました。結果、あまり大上段に構えて抽象的な話をしてもしょうがないし、自分の経験を具体的に伝えることで、キャリアのヒントみたいなものを掴んで貰えたらと思いながら書きました。

こうして一つの文章としてまとめると、どうしてもうまくいった部分が前面に出てきますが、実際はそこまで美しい話ではなく、「花形」で活躍する人達への嫉妬、自分を露骨に蔑んでくる人達への怒り、全然仕事がうまくできない辛さ、このまま将来どうなってしまうんだろという不安、などあらゆる感情が自分の中で渦巻きながら、毎日歯を食いしばりながら頑張ってきたというのがより真実には近いです。

こうした様々な感情とどう折り合いをつけて「自分だけの動機」に深く入り込んでいけるか?自分が成果を出す上でこのことは決定的で、その重要性に気づけたのは、必ずしも恵まれた「花形」でなく、「マイナー」な部門で仕事をこなしてきたからだと思います。

ぜひご一読下さい!

パワポ1枚でビシっと決める 経営陣から合意をとりつけるコツとは?

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経営陣によるビジネスレビューに参加することが多いのだけれど、いつも気になるのは、パワポで10枚以上になるような資料を作ってくる人たちのこと。しかも、ご丁寧に1枚目はデータの前提や定義からはじまり、その後、一枚一枚彼らの考えるロジックが淡々と説明されていく。で、大抵の場合そのロジックは冗長で、それぞれの論理的繋がりも弱かったりする。

こういう時の経営陣は、見るからにイライラしだして早々にプレゼンを遮ったり、逆に無関心になって全然話を聞かなくなったりする。なぜ、こうなってしまうのだろうか。

まず大事な前提は、経営陣は「意思決定」するためにミーティングに臨んでいる、ということ。意思決定で必要となるのは、課題が構造化されていて、その課題を浮き彫りにする分析が定量的データと共になされ、そこから論理的に導き出されるいくつかのアクションが提示されていること。経営陣はこれらの要素を含んだ資料を見て、それを彼等の経験や洞察に照らし合わせて考え、最終的にこれだと思う「意思決定」を行う。

なぜ10枚以上になるような資料がまずいかというと、そういう資料を作ってしまう人は、多くの場合、課題の構造や本質を正しく捉えきれていなかったり、適切な抽象化を行えていないから。なので、論理的な展開が弱かったり冗長な資料を作ってしまうし、自信の無さからまずはデータの前提や定義からはじめてお茶を濁そうとしたりしてしまう。

僕が経営陣に資料を持って行く時は、多くてもパワポ3枚くらいに収まるようにすることを心がけている。理想的には1枚。課題の構造を適切に切り取った表やグラフが説得力のある定量データと共に示されて、そこからの洞察が簡潔に整理され、論理的に導かれるアクションや提案がまとめられている。これが1枚にまとまっていて、ミーティングが開始してすぐ経営陣を議論に引き込んでいく。

うまく経営陣に刺されば、彼等からは矢継ぎ早に質問が飛んで来る。この質問に、その場ですぐ数字や事例を、資料でなく「空で」返答できるかが非常に重要。「それはこちらの資料で」と言って、他のページに飛んだりするのが一番まずい。

なぜかというと、経営陣は質問した瞬間に適切な返答ができるかで、その人自身が分析や提案を深く理解しているか、その人は信頼できるか、ということをレビューしているから。上記したように、経営陣は「意思決定」するためにミーティングに臨んでいるのであって、持ち込まれた分析や提案が、自分の意思決定を助ける質と深さを持っているかはきわめて重要になってくる。

特に、グローバル企業では、経営に関する意思決定の失敗で数字の実績を出せないことが続けば、経営陣にはすぐクビや更迭が待ち構えている。だから、彼等は真剣に、自分の意思決定を助ける素材が提示されているかをレビューするわけである。

僕の前職の(勝手に師匠と思っている)COOは、本社との業績レビューの前には、自室に閉じこもって、関連資料を全て机の上に広げて真剣に読み込み、全ての経営指標とそれを補強する事例を頭に叩き込んでいた。その真剣さはこちらがとても近づけない迫力だった。そして、実際のレビューでは、本社CFO&COOから次々と投げかけられる厳しい質問に、瞬時に、しかもきわめて的確に答えていた。それは、まるで映画の一シーンのようで、今でも鮮明にその時のことを思い出すことができる。

経営陣に資料を持って行く時は最初の1枚が全てを決める。この意気込みで準備を行えば、きっと良い成果が得られるはずである。

 

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール

 

 

留学生から敬遠される日本企業

「外国人からは「役割や仕事内容が不透明」「能力や成果に応じた人事評価が不十分」「長時間労働」などの声があるという。学生からは「日本の就職活動の仕組みが独特で分からない」との不満も指摘さされた」

最近では、グローバル化の必要性を強調しない日本企業の経営者はいないくらいだが、上記の記事が示すように、外国人を雇用する仕組みづくりはなかなか進んでいない(そもそも、この「外国人」を雇用する、という考え自体が特殊なのではあるが、、)。

この記事で外国人留学生が正しく指摘しているように、終身雇用と年功賃金、ジェネラリストの育成、といった「日本的経営」を形作ってきた制度や慣習は依然として多くの日本企業で残っている。

これらの仕組みは、もちろん合理性もあるし、メリットもある。特に日本企業が戦後復興から驚異的な勢いで成長していた時期には見事に機能したと言えるだろう。しかし、忘れてならないのは当時の成長企業の中核メンバーは30代が主であったこと。雇用の不安がなくて、役割問わず何でもできて、しかもそれが会社の成長として成果が出てくるのであれば、特に若い世代は士気が上がる。

一方で今や日本の大企業の平均年齢は40歳を越えるのが普通で、中核事業の売上成長率はよくて一桁前半、下がる場合も多い。この事業環境で、今の制度を維持するのは非合理なことが多くなってきている。上にあげたように、優秀な海外の人材を獲得しにくい、というのはわかりやすい弊害の一つだろう。

経営の工夫としては、日本を一つの「地域」にしてしまう、というやり方はある。例えば、各地域をグローバルの統括会社にぶら下げるような形にして、日本は地域の特性を踏まえた制度設計で運営する。特定の地域に偏った制度設計はグローバル企業の一般的な成功方程式とは異なるけれど、現実的にはまずはこのやり方なのかなとは思っている。国内と海外事業を切り分けたソフトバンクや、海外統括本社を作っているJTなどの事例が参考になるだろう。

メールでの議論やめませんか?

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僕は経営管理を仕事としているので、複数のチームを俯瞰的に眺めてうまくいっているか、なにか問題がないかといつも気を配っている。

そうした仕事をしていると痛感するのは、チーム内もしくはチーム間のコミュニケーションや情報流通が滞ることで全体の生産性が落ちるということ。

例えば、営業部門はマーケティング部門が自分達が思うようなキャンペーンやイベントを打ってくれないと文句を言っている。逆にマーケティング部門は、営業部門が非協力的なので、効果的なキャンペーンやイベントができないと文句を言っている。

もしくは、メールでの議論。お互い全く歩み寄らず、厳しい口調のメールが飛び交う。指摘は段々細部に入り込んでいき、もともと解決したかった問題からはどんどん離れていく。

経営の立場からすると、こうした事例は頭が痛い。コミュニケーションの不調は、案件成約を滞らせたり、商品発表の効果を落としたり、顧客の不満解決が遅れたり、と実際に経営に負の影響を生じさせるからだ。

なので、僕は対立する2者の間に入り、それぞれから事情を聞き取った上で問題の構造を整理する。その上で両者を呼んで(できれば対面で)ミーティングを開き、整理した構造をもとに、そもそもの課題や目的はなんなのか、そしてどういったアクションを取ればそれが解決するのかを提示し、お互いの同意を得ていく。

ポイントは「そもそもなにがしたかったんだっけ」という点をはっきりとさせること。両者とも問題を解決したいんだけど、それぞれのやり方に固執していたり、感情的に対立している場合が多いからだ。なので、本来の目的や課題を整理してあげて、そこで両者から(公式の場で)同意をとって、その上で協力しましょうよ、と持っていく。

これがうまくいくのは、きちんとした目的、つまり大義名分がはっきりと提示された時に、それを正面から否定することは難しいからだ。そこまで否定してしまうと、じゃあお前はなにをしたいんだ?、ということになるわけで、さすがにそのレベルで議論をして自分を正当化するのは難しい。

もちろん教科書通りにいかないことも多いけれど、組織やコミュニケーションに働く力学には法則や一般化できる部分が必ずあるので、それをうまく活用していくことが経営では重要となる。特に、最近はデータサイエンスの活用でこうした組織やコミュニケーションの問題の構造が明らかになりつつあるので、今後はますますそういった知見を活用することが重要になるだろう。

と、こうして書いている間にも、またメールで喧嘩がはじまってる、、、今日も「経営のお仕事」は続いていくわけである。

 

グローバル企業のマネージャーは「経営陣」である

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僕が前職の米グローバル企業ではじめて管理職になった時に感じたのは、会社から期待されるステージが一つ上がったなということだった。もっと言うと、マネージャーになるということは経営陣の一人になる、ということだと感じた。

これには「外資系」にいる人からも反論があるだろう。マネージャーが経営陣?たかがマネージャーでしょ、外資系のトップダウンの仕組み知ってるの?と。

そういった側面はある。しかし、経営の仕組みという観点から考えれば、マネージャーへの期待値は間違いなく「経営陣」としてである。

グローバル企業でマネージャーに求められるのは、「限られたリソース(ヒト、モノ、カネ)を適切な意思決定をもとに、いかに有効活用して成果を出すか」という点につきる。マネージャーは、この一連の行為の「責任者」であり、「具体的な成果」を出すことが強く求められる。

チームの規模や責任の重さにもちろん違いはあるけれど、これは本質的には「経営者」と同じ責任を担っていると言える。経営者も限られた資本をもとに、開発、生産、販売、アフターサービス、などバリューチェーンのどこに投資するかを考え配分を決断する。人を雇用し、動機づけ、育てる。組織を設計し生産性が最大化するよう工夫し続ける。そして、経営の成果は株主をはじめとした外部のステークホルダーに評価される。

マネージャーがすべきことも同じだ。チームのミッションを定め、そこから導かれるアクションや役割を定義する。それをもとにチームメンバーをはじめとした手持ちのリソース(ヒト、モノ、カネ)をどこに配分すればチームの成果が最大化するか考えて決断する。メンバーに寄り添って、彼等に適切な目標を与え、課題があればその解決をサポートし、成果をきちんと計測・フィードバックする。そして、チームとしての成果は事業部長をはじめとしたステークホルダーに評価される。

グローバル企業では数多くの社内「レビュー」がある。営業だけでなくマーケティング、ファイナンスなどそれぞれの経営機能について、成果は定められたターゲットに達しているか、合意されたアクションの進捗はどうか、今後の方向性は正しく検討・定義されているか、などについて上級管理職が厳しく評価する。

マネージャーになれば、こうしたレビューに責任者として参加しなければならない。自分のチームが求められている成果を出しているか、向かっている方向は正しいか、などを厳しく追求される。

これはまさに企業の経営者が株主から求められることと同じだ。グローバル企業はこのことをよく理解しており、マネージャーに対しても同じレベルでのガバナンスやアカウンタビリティを求める形で経営モデルを設計している。

これが冒頭の「マネージャーは経営陣の一人」という僕の感慨に繋がる。この設計がグローバル企業の経営力を支えており、それは多様な論点を含むので、今後も触れていきたいと思う。

noteでマガジン「デジタル時代の経営を読み解く」をはじめました

noteで定期購読のマガジンをはじめました!「デジタル時代の経営を読み解く」というタイトルで、デジタル化の進展で大きな影響を受ける「経営」について論じていきます。ブログ、ツイッターと連動する形で、そこでの話題や論点をさらに深掘りしていくことを考えています。

第一回の記事は以下です。Adobeの事業変革は、コア事業のビジネスモデル転換、顧客志向の経営、買収の活用、ウォールストリートとの対話、など現代の経営で肝となる要素が詰まっています。ぜひ読んでみてください。

今後は、取り急ぎ以下のようなテーマで週1-2回の更新を考えています。

◆「中の人」が語るハイテクビジネス最前線
- Adobeのハーバード・ビジネススクール ケーススタディからクラウド時代の経営変革を考える
- Salesforce、Adobe、Tableau、Workday 群雄割拠のSaaS戦国時代はどうなるか?
- クラウド時代の「顧客志向」とはなにか?建前無しに顧客と向き合う時代
- IBMの経営変革を追う ガースナー改革から遠く離れて
- ハイテク各社の決算を読み解く なにが勝負を分けるのか?


◆売上数千億円のコンサル・SIビジネス経営変革のドラマ
- 本当の経営課題はなんなのか?COOはNYからコンサルタントを呼び寄せた。
- なにはなくとも稼働率 コンサルビジネスの基本のキ
- いまさらCOBOL? スキル開発の重要性
- 日本のシステム開発、多重請負の宿痾
- いまさら聞けないオフショア開発の勘所
- コンサルビジネスを売る困難 パートナーってなにしてんだよ!
- デジタル時代のコンサルビジネスはどうなるのか?

これ以外にも、日系メーカー海外営業、外資コンサル、外資経営管理と渡り歩いてく中で経験した失敗や挫折など、個人的な経験談についても書いていければと思います。

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