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職場での「雑談」が最強である理由

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雑談が好き

僕は「雑談」がすごく好きなので、近くの席の人とよく話すし、さらにオフィスをふらふらと歩きまわって、色々な部門の人とも話をする。

内容は様々で、いま進めている仕事や事業の状況などについて色々と意見を交わすのはもちろん、趣味の話など仕事に関係ないこともざっくばらんに話す。

例えば、席が隣のチームメンバーとは、事業の状況や課題、そこにどういう施策を打つことができるのか?自分が考えているアイディアをどう思うか?最新の経営手法はどうやって実務に落とし込めるか?などなど普段から考えていること、頭に浮かんだアイディアを自由に話し合っている。

また、部署のメンバーや他部門の人とも、今やっているプロジェクトの内容や困っていることをコンサルの人から聞いたり、他部門の人には新しい施策の背景や内容について話を聞いたりする。

こういう「雑談」は、僕が仕事でうまくやるには不可欠なのだけれど、では「雑談」のなにが良いのだろうか?

雑談でアイディアが浮かぶ!

まずは、雑談によって、自分の考えていることが形になったり、新しいアイディアが浮かんでくるという点。

いつも思うのは、自分が何を考えているか、っていうのは案外自分もよく理解していないということ。頭の中で考えているだけでは、それは明確な形を取っていないので、なかなか「実行」にまで落ちてこない。また、考えているアイディアが本当に良いものなのか、というのもなかなか確信が持てない。

それが自由に「雑談」をすることで、考えが形になってくる。私も誰かに話しながら「あれっ自分はこんなこと考えてたんだ」と思うことがよくある。この感覚は面白くて、まるでジャズのような「即興性」がある。会話それ自体からなにかが「立ち上がってくる」感じ。

さらに、話しながら相手の表情やしぐさを見ることで、自分の言っていることが他人にどう響くのかも知ることができる。これで、自分が考えているアイディアがいけそうか、だめそうかの感覚を掴める。人間は、言語だけでなく、表情やしぐさ、声のトーンなど様々な要素から認知しているので、雑談の「リラックス」したムードが相手のガードを下げて素直な反応が貰えるのがありがたい。

これは私がミーティングを嫌いなのとも繋がる。ミーティングでは多くの人がどこか「よそいき」になる。自由に思ったことを話すよりは、場の「コード」に従った発言になりがちで、なかなか本質的なところを話し合うのが難しい。

雑談でコミュニケーションが深まる!

もう一つの良いところは、コミュニケーションの潤滑油になってくれること。

「雑談」なので、仕事だけでなく、趣味や最近関心のあることについても気軽に話せる。最近フルマラソン走ったんですよ、と私が言えば、相手も興味を持ってくれて、そこからお互いの趣味の話をしてパーソナリティをより深く理解できたりする。

この点に関連し、「職場の人間科学」という本で、バンク・オブ・アメリカの事例で非常に面白いものがある。

職場の人間科学

職場の人間科学

 

 同社のコールセンターで、違う地域にあるセンター間で生産性が異なっていた。この違いを生み出す原因を探るために、バンク・オブ・アメリカは調査を依頼した。

ウェアラブル・デバイスを活用しセンターの従業員間のコミュニケーションを測定した上で分析して分かったのは「集団の凝集性」、つまりその組織にいることに魅力を感じて、動機づけられているか、が鍵であるということ。

さらに面白いのは、その凝集性を高めるのは「昼休みのコミュニケーション」だったということ。

結果は一目瞭然だった。高い凝集性を生み出していたのは、公式な会議でもなければ、デスクでのおしゃべりでもなかった。凝集性を高める交流の大部分は、デスクから遠い離れた場所で、同じチームの従業員の昼休みが重なるほんの短い時間に起こっていた。「職場の人間科学」p141

これは非常に興味深い結果で、コールセンターというと、効率化の徹底によるROIの向上、というのがお題目になりがち。しかしその生産性を高める重要なポイントが「おしゃべり」だったわけだ。

これを踏まえて、このコールセンターは、同じチームの全員が同じタイミングで一日15分間の休憩を取れるように設定する。結果として、3ヶ月後同じチームの凝集性は18%上昇した。

 これに似た事例は多くて、「タバコ部屋」が上下隔てなく話ができて、情報交換やコミュニケーションの貴重な場として機能している、というのも多くの人が知るところ。

また、Google以降にハイテク企業が、居心地のよい「オープンな」オフィスを準備して、従業員間のコミュニケーションを促進することに気を配ることも普通になってきている。

 

以上見てきたように、「雑談」をうまく活用することで、仕事の質があがったり、他のメンバーとうまく物事を進めることができる。無駄な会議に時間を取られるくらいなら、コーヒー持って色々な人と気軽に話をしに行ける組織がやはり強いよなと思っている。

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【組織心理学を学ぶ】リーダーシップを決める要因とはなにか?

最近のビジネス界では、マインドフルネスやHR Techなど組織・人事領域への関心が非常に強くなってきている。その中でも、リーダーシップ、というのは奥深く、経営にとっても重要なテーマ。今回は組織心理学を参照してリーダーシップ研究を概観してみよう。

なお、以下の議論は全て「産業・組織心理学エッセンシャルズ」の5章を参照している。

産業・組織心理学エッセンシャルズ

産業・組織心理学エッセンシャルズ

 

まとめ

  • リーダーシップ研究はリーダーの「特性」を理解しようとするところからスタート
  • 次に、リーダー自身の「行動」が組織にどう影響を与えるかに着目するアプローチが主流に
  • リーダーの行動をフレームワークで構造的に捉えるPM理論が登場

特性アプローチ

リーダーシップ研究の初期は「優れたリーダーはどんな特性を持っているか」に対するアプローチが主流だった。

ストグディル(1974)は、リーダーは「知能」「素養」「責任感」「参加性」「地位」の点で他のメンバーは優れている、と過去の研究成果を整理した。

しかし、すぐわかるように、軍隊と企業、など組織のタイプによって求められるリーダーシップの特性は異なる。さらに、特性を選び出す基準は厳密なものと言えず、互いに矛盾するものが存在するなど問題点が指摘され、この方向での研究はなかなか発展しなかった。

我々が普段話している「あの人は良いリーダーだよね」というのは、まさにこの特性アプローチで、頭の良い人、最後まで諦めない人、皆をまとめられる人、など様々な特徴が指摘されるけれど、全ての要素を満たす人はいないし、どの要素が一番効くかは組織によっても違うので、特性を積み上げるこのアプローチの限界は理解できる。

行動アプローチ

1950年代以降は、どんな特性の人がリーダーになるか、でなく、リーダーになった人がどのように行動するか、に着目する行動アプローチが主流になった。

これが面白いのは、リーダーという「役割」が組織にどういう影響を及ぼすか、という視点で、リーダーの個人的な特徴から論じるのでなく、構造的な観点から論じることを可能にしてくれる。代表的な研究に触れよう。

■リーダーシップスタイル

 ホワイトとリビット(White & Lippitt, 1960)は大学生のリーダーシップスタイルを「民主型」「専制型」「放任型」の3種類に設定し、その影響を実験した。

結果は以下の通り。

「民主型」:メンバー達は友好的な関係を築き、動機づけも高かった

「専制型」:チームの雰囲気は攻撃的で悪く、リーダーがいなくなると怠慢になった

「放任型」:メンバー達は緊張感にかけ、動機づけや効率性も低かった

この研究のポイントは、リーダーシップの「スタイル」が組織に与える影響を示したこと。つまり、リーダーの「行動」が組織のあり方やパフォーマンスを規定していく、という方向性を示したことが画期的と捉えられた。

これを踏まえて、ではそのリーダーの行動は組織においてどんな「機能」を果たしているのか?という方向に研究は進んでいく。

■リーダー行動の2機能説

 リーダー行動の機能に着目した研究の共通点は、その機能には2つの種類がある、ということだった。

例えばカートライトとザンダーは「目標達成機能」と「集団維持機能」、リカートは「仕事中心的活動」と「従業員中心活動」などのように、リーダー行動は、「課題指向」と「人間関係指向」の側面から整理された。

これは普段接しているリーダーのタイプからも頷けることで、とにかく成果を出すことに拘る人、チームワークを重視しメンバーを盛り上げようとする人、の2つで切り取ることはそれなりに納得感がある。

次に研究で注目されたのは、では、どちらの機能の方が組織のパフォーマンスにとって「重要」なのか、という点。

この点についても多くの研究がなされたが、分かったのはどちらか一方だけではだめそうだということ。この2つの側面がきちんと備わっていることが大事そうだ、ということになり、PM理論という有名なフレームワークが生まれてくる。

■三隅のPM理論

心理学者の 三隅二不二のPM理論は、リーダーの行動をシンプルなフレームワークで整理したところに特徴がある。

課題指向の側面を課題達成(performance)機能(P機能)、人間関係指向の側面を集団維持(maintenance)機能(M機能)と名付けて、その2軸でリーダーシップを整理、以下の図のように4領域に類型化した。

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ここでのポイントは、目標達成と集団維持、という一見相容れないようなタイプを一つのフレームワークで捉え、両者を共に達成するPM型というリーダーシップが存在することを示した点にある。

実際このPM理論に基いて多くの実証研究がなされ、集団の生産性およびメンバーの意欲・満足度はPM型のリーダーシップが発揮された時に一番高くなるとの結果が出ている。

一方で、組織の生産性においては、やはり目標達成を重視するP型がPM型についで高く、メンバーの意欲や満足度は、人間関係を重視するM型がPM型について高くなる。

これらは、現場の経験から考えるとある種「当たり前」とも言えるが、リーダーシップ理論の歴史を踏まえると、「課題達成重視」と「人間関係重視」というリーダーに見られる大きな2つの特徴を、一つのモデルで、「両者が絡み合うダイナミクス」をシンプルに捉えられることは有益と感じる。

さらに、実務での応用のイメージもわきやすい。例えば、成果に強くこだわるタイプのリーダーとのコミュニケーション。まず、このモデルを使い、具体的な成果や強みを話しながらその人がP型の領域に属することを確認する。そこからPM型の象限に向けて「メンバーとの関係をさらにどう深めていくか」という点を、その人の弱みや具体的なアクションのアイディアなどを出し合いながら会話するのは有益に感じる。

良いモデルは、自分の「立ち位置」をシンプルな構造で把握し、さらに改善への「動き」を同じモデルで表現できるもの。その点からこのPM理論のモデルはシンプルながら「使える」ものになっている。

長くなったが、以上の「行動アプローチ」に続き、「コンティンジェンシーアプローチ」という、リーダーが置かれている「状況」に着目しリーダーシップの作動原理を探る理論が非常に面白いので、それは別の記事で紹介したいと思う。

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とくさん (@nori76) on Twitter

【お悩み】入社4年目27歳。工場の人事として学ぶべきことは?

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よく皆さんからツイッターやメールで相談や質問を頂くことがあります。ご本人の同意をいただきましたので、先日頂いたキャリアについての質問と私の回答を書いてみます(なお、私の回答は加筆修正しています)

当方素材メーカーの工場で人事担当を4年間務めています。今後1〜2年後に本社や関係会社、海外での人事担当で能力発揮することが期待されていますが、今の工場にいる段階、または27歳という今の年齢で学んでおくべきことや意識しておいた方が良い視点などはありますでしょうか。

こんにちは。ミクロとマクロの視点両方を常にもち、またその両者を「行き来する」方法を覚えるのが大事かなと思います。

「ミクロ」の視点とは?

まずは「ミクロ」について。工場の人事を担当されているとのことなので、工場の皆さんに向けた人事施策を考えたり、実行していくのが日々の実務かと思います。なので、まずは、いくら小さな仕事でもそこに真剣に取り組むことが大事ですね。

その時に、工場の皆さんの「生の声」に耳を傾けることが特に大切かと。せっかく工場の中で仕事をしているわけですから、直接色々な役職や地位の人と積極的に話をして、そこで語られている内容だけでなく、皆さんの表情や声のトーンだけでなく、そこに潜む心理にまで思いを馳せることもすごく勉強になります。

ひとつひとつの施策を淡々とこなすだけでなく、それが実行された時に、工場の皆さんの仕事や生活にどんな影響があるかを、実際に話を聞きフィードバックを受けながら、その意味について自分の頭で考えること。それこそは、「顧客の声」に耳を傾ける、というマーケティングでいま最も重要とされている考え方で、これは「人事」においても同じと思っています。

「マクロ」の視点とは?

つぎに「マクロ」について。ご存知のように、製造業においての工場は経営の「根幹」です。工場における生産性が商品の競争力、品質、収益性まで全てを左右します。

より広い文脈では、例えば、そもそも工場をどこに置くべきか、という論点があります。ここ30年くらいの世界のグローバル化の流れは、最適なコストおよびサプライチェーンの模索に企業を向かわせ、中国をはじめとした海外に生産拠点を移管していく流れが続いています。

日本企業も例に漏れず、以下のデータが示すように、1980年代には5%を下回るレベルだった海外現地生産比率は、2015年では国内全法人ベースで25.3%, 海外進出企業ベースだと38.9%まで上昇しています。

 第3-1-2-1図 我が国製造業の海外現地生産比率の実績と見通し

Source: http://www.meti.go.jp/report/tsuhaku2012/2012honbun/html/i3120000.html

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http://www.meti.go.jp/statistics/tyo/kaigaizi/result/result_46/pdf/h2c46kaku1.pdf

工場の人事部門であっても(だからこそ)、こうした「マクロ」の情勢に気を配り、どういった人事施策がこうした潮流に最適なのかを考えることは、ビジネスのスピードや事業の複雑性が増している現代では非常に重要になってきます。

ミクロとマクロを行き来する

そして、最後にミクロとマクロを「行き来する」こと、について。

上記してきたように、ビジネスにはミクロとマクロの要素、日本で好まれる言い方としては「現場」と「経営」の視点があります。

例えば、コスト競争の激化を踏まえて、生産工場のベトナム移管が経営課題にあがってきたとします。生産工場の海外移管は、いま毎日コミュニケーションしている現場の皆さんの雇用に影響があるかもしれない。けれど、製品の競争力を維持するためには、工場移管を含めた経営レベルの意思決定が求められる。

これが、両者を「往復」すること、の意味で、ビジネスではこうした「現場」と「経営」の視点や利害が必ずしも合致しないことが多々あります。しかし、ビジネスを前に進めるためには、いくら難しくとも誰かが「意思決定」する必要があります。

まだご自身は経営の意思決定をする立場ではないと思いますが、想像すること、考えることは自由です。こうした、難しい課題について、自分が経営者もしくは工場長だったらどうするか、そしてそれは日々接している工場の現場の人たちにとってなにを意味するのか、などを普段から考えておくことはとても有益だと思います。

ぜひがんばってください!!

僕が若かった頃の「弱さ」について

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大学時代の友人のAさんはとても目の大きな女の子だった。黒目がはっきりと濃くて、まるで小動物のようにキョロキョロとその目が動いた。厚めの唇をしていて、よく笑う。表情がころころと変わる。その佇まいからは強い意思を感じさせるけれど、語り口は柔らか。視点にはシニカルさがほのかに香っているところがすごく気が合った。

彼女は文字通り「読書狂」だった。僕も大学時代は狂ったように本を読んでいたので、二人で飽きることなく、よく読んでいる本の話をした。

彼女はアメリカ文学が好きだった。彼女がブコウスキーの「くそったれ!少年時代」を絶賛していると、ひねくれた僕はバロウズの「ジャンキー」について語った。

ジャーナリストの本もよく読んだ。彼女がキャパの「ちょっとピンぼけ」が面白かったというと、僕は近藤紘一の「サイゴンから来た妻と娘」の話をして「あれは名作だよね!」と二人でうなずき合った。そして、その勢いで沢木耕太郎の「テロルの決算」のヒリヒリした感じについて語り合う。

政治や歴史も読む。彼女が、授業でフランシス・フクヤマの「歴史の終わり」を読んでるというと、僕はカーの「危機の二十年」について語る。

こんな感じで、ジャンルを問わず、二人ともとにかく貪るように本を読んだ。スノッブから遠いところで、メジャーもマイナーも、面白そうと思ったものを片端から読んでいくスタイルは二人に共通していた。

ある日、そんなAさんといつものように話し込んでいた時のこと。

どんな流れだったかは覚えていないけれど、僕は自分の「弱さ」がほんとうに嫌だと彼女に向けて語っていた。

その頃の僕は、今から考えると笑ってしまうほど弱かった。すぐ精神的に折れた。誰かにすこし嫌なことを言われたとき、自分がやっていることが急にバカバカしく感じられたとき、女の子に告白して断られたとき、将来の不安にいてもたってもいられなくなるとき、とにかく頻繁に「弱さ」が顔を出してそれに悩まされていた。

彼女が言う。

「うーんそうだな。とくちゃんはさ、そうやってつい考え込んじゃうんだよね。でもさ、それはさ、とくちゃんの良さでもあると思うよ」

「弱さをそこまで真剣に突き詰められる人も限られてる。そう思う」

「ほら、村上さんがさ、傷つかなくること、について書いていたじゃない」

と彼女がそこで触れたのが、村上春樹のエッセイ「傷つかなくなるについて」だった。そこで、村上春樹はこう書いている。

例えば若いうちは、僕もけっこう頻繁に精神的に傷ついていた。ささやかな挫折で目の前が真っ暗になったり、誰かの一言が胸に刺さって足元の地面が崩れ落ちるような思いをすることもあった。思い返してみると、それなりになかなか大変な日々であった。

この文章を読んでいる若い方の中には、いま同じような辛い思いをなさっておられる方もいらっしゃるかもしれない。こんなことで自分は、これからの人生を乗り越えていけるのだろうかと悩んでおられるかもしれない。でも大丈夫、それほど悩むことはない。歳をとれば、人間というものは一般的に、そんなにずたずたとは傷つかないようになるものなのだ。

「村上朝日堂はいかにして鍛えられたか」P129 (強調引用者)

そして彼は、自分がある日を境に、歳をとった人間が傷つくことはあんまり見栄えの良いものでないなと思い、そこからなるべく傷つかないように訓練したと述べて、こう続ける。

でも僕はそのときにつくづく思った。精神的に傷つきやすいのは、若い人々によく見られるひとつの傾向であるだけではなくて、それは彼らに与えられたひとつの固有の権利でもあるのだと。

同上 P131-2 (強調引用者)

 Aさんは静かに、少し斜め下に目線を落としながら、こう言ってくれた。

「とくちゃんの今はほんとにしんどいとおもうんだよね。でもさ、いつかはさ、それは薄れていくと思う。で、村上さんが言うように、その弱さにさいなまれた日々こそがとくちゃんである、ということが記憶として静かに残るんじゃないかな」

もう20年近く前のことなのに、この時彼女が言ってくれたこと、その表情、声のトーンをいまもよく覚えている。その時のまわりの情景や光の感じも。

この記憶と、村上春樹のエッセイに書かれた言葉たちは、僕のこの後の、あちこちにぶつかり、転び、それでもなんとか歯をくいしばって生き延びてきた人生をどこかで支えてくれたと思う。そして、まさにAさんが言ってくれたように、その「弱さにさいなまれた」日々は、僕の心の奥底に、静かに残っている。

「受験勉強」みたいな読書はやめたほうがいい理由

「受験勉強」的読書の問題とは?

「本を読みたいです!」という人は多い。でも、そういう人を見てて思うのは、学生時代みたいに「頭からきちんと線を引いて読んでいく」というのが読書だと刷り込まれてるなということ。つまり、受験勉強のやり方の延長。

なので、最初から1ページずつ丁寧に読まなくてはという脅迫観念があるし、なんならば書かれてることを暗記していかなくてはと思ってしまう。

つまり、こんな感じ↓の読書になっている

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https://resemom.jp/article/2016/01/07/28850.html

それもあってか、なにかを学びたいと思う人の多くは資格を目指す。資格の勉強のための「読書」はまさに受験勉強のそれと同じだから安心するのだと思う。教科書を買って、最初からきちんと読んで、線を引いて暗記していく。一通り終わったら試験で確認する。

私は資格自体は否定しないし、ある専門領域を体系的に短期間で身につけるには、資格の勉強は有効といえる。私もいくつか資格を持っているし。

本のメッセージを「つかまえる」

ただ、「本を読むこと」を、例えば仕事に役立てたいと考える時でも、まずもって大事なのは一冊の本のコアになっているメッセージをきちんと「つかまえる」ことだと思う。

本というのは、あるまとまった長さを伴った文章で、筆者が伝えたいことを、あの手この手でみんなに伝えるメディアのこと。だから(良い本であれば)そこには必ず明確なメッセージがある。それを、読みながら「さっと」つかまえること、がすごく重要。

だから、流し読みだったり、良さそうな部分をいきなり読み始めるのでも全然良い。ポイントはメッセージを読み取るスキル。

そもそものところ、社会人は日中働いているわけで、例えば250ページの本を線を引きながら丁寧に読む時間は残念ながらない。どうせすぐ忘れちゃうし。私も本は読み慣れているけれど、細部はほとんど覚えてない。すぐ忘れてしまう。

それよりも、本の内容を暗記しようとせずに、さーと流しながらでも読んで、そこからワンフレーズで大事なメッセージを「抜き取る」ことに集中する。これはすごく重要なスキルだと思う。

「概念のストック」をもっておく

とはいっても、そのスキルをどう身につけるのか?

これを言語化するのはなかなか難しいけれど、ひとつは、鍵となる「概念のストック」をたくさんもっておくこと。

Airbnb Story

Airbnb Story

 

例えば、Airbnbの起業ストーリーをまとめたこの本。起業にかける思いや、事業がすごい勢いで拡大していき、問題を抱えながらも世の中を変えていく様がカラフルに描かれていて、冒頭からぐいぐいと物語に引き込まれる。

で、私のこの本で印象に残ったメッセージを、ワンフレーズでまとめると「中流層に「場」を提供することの価値」。例えばこんな部分。

彼自信もエアビーアンドビー信仰に取りつかれていると認めている。この会社は中流層の原動力になれる。それに、エアビーアンドビー流のホームシェアが一般に広まった原因は、一連の社会経済的なトレンドが重なったからだ。それは、失われた社会の絆を強めてくれる。それは普通の人に経済的な力を与えてくれる。エアビーアンドビーは人々をひとつにする。「結局、エアビーアンドビーがこれほど成功しているのは、アルゴリズムに少々魔法の粉を振りかけたからじゃない。人と人とが触れ合って、人生を変える経験をさせてくれるプラットフォームを作ったからだ。

5章 アンチとの闘い Airbnb Story

中流層の崩壊、というのは現代のアメリカを語る上で欠かせないテーマ。トランプ現象の背景にはそれがあるし、米企業で経営を担う私としても、アメリカ社会が過度の「金融化」によって、投資家や経営者に富が集中し、中流以下の層にとって厳しい世の中になっていったメカニズムは「肌感覚」としてよく理解できる。

読書のポイントに戻ると、大事なのは「中流層」という言葉が持つ意味とその文脈を理解していること。それにより、本のメッセージをくっきりと掴むことができるし、記憶にも残りやすい。そして、この「中流層」という言葉を通じて、他の本や議論にも連想が連なっていく。

例えばそれは上に触れたように「トランプ現象」だし、スティグリッツの啓蒙書の「中間層の没落を食い止める処方箋を提供する」というワンフレーズと繋がってくる。そこから、アメリカの今の中間層の抱える苦闘と、そこから希望持って抜け出そうとする姿が浮かんでくる。

これから始まる「新しい世界経済」の教科書: スティグリッツ教授の

これから始まる「新しい世界経済」の教科書: スティグリッツ教授の

 

このように「中流層」という概念の持つ意味とその文脈を理解していると、本を読みながら「はっと」する部分があるし、そこでのメッセージをより広い文脈で捉えて、一連の「ストーリー」の中に位置づけることで記憶にも定着してくる。

ぜひ試してみてほしい。

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ビジネス系オススメ情報まとめ!経営学からスタートアップ指南書まで

定期的にビジネス系の情報でおすすめなものを紹介していきたいと思います。今日は、経営学輪講、スタートアップ指南書、そしてアントレプレナーシップの講義、の紹介です。

赤門マネジメントレビュー経営学輪講

AMR経営学輪講

この前お会いした経営学の博士課程の方に紹介頂いたサイト。東京大学の「赤門マネジメントレビュー」内にあり、大学院の「経営文献購読」の授業をもとに、海外の経営学に関する論文の紹介および批評的な「読み」を行った論文がたくさん紹介されています。

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実際の経営でも使えそうな面白い論点のものが多いですし、どれもPDFで「無償」でダウンロードできます。

経営学は経済学と比べてなかなか全体像がつかみにくいですが、こうして論点ごとに専門家の知見に触れることで、実務への応用についてアイディアも沸いてきます。

さっと眺めて面白そうなものを5つピックアップしてみました。皆さんもぜひ面白そうな論文を読んでみてくださいませ。

なぜイノベーションは拡散しないのか?:専門家組織のもつ境界―経営学輪講 Ferlie, Fitzgerald, Wood, and Hawkins (2005)

 ■官僚制はイノベーションを阻害するのか?―経営学輪講 Thompson (1965)

専門職および専門職集団におけるステータス決定要因―経営学輪講 Abbott (1981)

変革力マップとInnovator's Dilemma: イノベーション研究の系譜―経営学輪講 Abernathy and Clark (1985)

デザインの新奇性は製品の売り上げに貢献するのか?―経営学輪講Talke, Salomo, Wieringa, and Lutz (2009)

SaaS スタートアップ 創業者向けガイド

SaaS スタートアップ 創業者向けガイド - セールスフォース・ドットコム

セールスフォースの創業時からのメンバーを中心にまとめられたSaaS(Software as a Service)のスタートアップを作るための「指南書」です。私は英語版を読んでいたのですが、いまは日本語訳まで提供されておりさらに利便性が増しています。

これは本当にすばらしい内容で、サブスクリプションモデルがなぜ画期的なのか、というビジネスモデルの説明からはじまり、売上10億円企業を作るための必要なステップ、成長のためにどう営業組織を作りあげていくか、などなど実例を踏まえながら具体的に説明されていますし、カスタマーサクセス、というSaaSを特徴づける重要な概念についても触れています。

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個人的には「サブスクリプションモデル」がなぜ経営モデルとして「画期的」なのか、というのをきちんと理解するのは、現代の経営で非常に重要と考えており、その部分の記述には頷くことしきりでした。

アドビの経営変革についての記事でも、この「サブスクリプションモデル」の重要製については触れているので、ぜひ読んでみてください。

一方で、クラウド+サブスクリプションモデルの場合、契約期間内に顧客が製品に満足しているかが契約更新を決めます。なので、販売者側にも、普段から顧客が満足する品質やサービスを提供し続けるインセンティブがあるわけです。

この構造に加えて、クラウドは頻繁な製品アップデートを可能にしますから、顧客の要望にきちんと耳を傾けながら、短期かつ頻繁なアップデートでその要望を叶えていくことが可能になります。

Amazon AWSが圧倒的な成功を収めているのも、基本的にはこの構造によります。クラウド、というとテクノロジーの観点から語られることが多いですが(またそれが重要なのは間違いないのですが)、より本質的には上記のように「顧客価値の向上」にごまかしなく向かい合える、というのが実は一番重要なポイントです。

また、これはアメリカのハイテク業界のいいところなのですが、 この「指南書」のように、成功の秘訣や皆が陥りがちな失敗を、具体的な自らの体験を踏まえ、しかもそれをモデル化してオープンに伝えることが当たり前になっています。

こうした「情報共有」の文化が、シリコンバレーで次々と新しく、画期的で、世界に通用する企業が生まれてくる「エコシステム」を支えているんだなと、改めてこの資料を見て思います。

アントレプレナーシップ

次は、このブログではおなじみCourseraの紹介です。USA TodayのMBAランキング1位のペンシルベニア大学ウォートン・スクールの「アントレプレナーシップ」の授業です。

オススメのメールが送られてきたところで、まだ私も受講していないのですが、どれも面白そうです。

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一つ目は「機会を見つける」です。良いアイディアをいかにビジネスの「機会」に変えていくか、について概説されています。

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二つ目は「スタートアップを立ち上げる」です。「機会」を見つけて、プロトタイプまで作ったら、次はいよいよスタートアップを「立ち上げる」必要があります。組織をどう作るか、その注意点はなにか、というところまで詳しく触れています。

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三つ目は「成長戦略」です。事業を立ち上げて最初にぶつかる壁は、ビジネスをどう「スケールさせるか」です。これについて、売上機会をどう発掘するか、顧客をどう獲得するか、需要をどう予測するか、などノウハウについて具体的に触れています。

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四つ目は「ファイナンスと収益性」です。事業を成功させるには「ファイナンス」の側面は非常に重要です。損益モデルをどう組み上げるか、エンジェル、VC、クラウドファンディング、など投資をどう呼び込むか、などについてノウハウがまとめられています。

これらはSpecializationの形で提供されており、月額79ドルですが、Certificationが必要なくそれぞれのコースを受講するだけならば無料です。そのやり方は以下の記事でまとめているので、参考にしてみてください。

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ポール・オースター「幻影の書」を読む。そこで示される希望とは。

昔はてなダイアリーを書いていたのですが、それを改めて読んでいたらこの書評を見つけました。ポール・オースターの「幻影の書」についての感想。とても気に入っている文章なのでこちらに載せてみます。ぜひご一読くださいませ。

幻影の書 (新潮文庫)

幻影の書 (新潮文庫)

 

ゆっくりと読み進め読了。ストーリー性が高い上(当然ながら)柴田訳は見事な品質を保っていて心地良い読書体験だった。オースターの物語は、まずオースターという全体を制御する人物がいて、一方でその作品内で動きだす登場人物がそれぞれ固有の物語性を持って人生を生きる(そこには喜劇あるいは悲劇がある)、という入れ子の構造が細部まで意識された形で構築されているから安心して読むことができる。柴田氏がオースターは作品内作品、今作でいうとヘクターの映画描写が素晴らしい、と言っているがそういった明示された入れ子構造だけでなく、上記したように物語全体を貫く入れ子構造がオースターの特徴だと思う。

そして、オースターがこの日本にいる僕の心を温めてくれるのは、彼が信じている「物語」というものの力だ。

ヘクターの自伝を7年間書き続けているアルマという女性。彼女はデイヴィッドをヘクターに引き合わせようとする。主人公とアルマはこの不思議な邂逅を経て近づいていく。ヘクターの元にデイヴィッドはたどり着き彼と言葉を交わし親密な関係を築くが、翌日の未明ヘクターは静かに息を引き取る。長旅の疲れからそのことを知らずに眠っているデイヴィッド。アルマは彼のベッドの横で彼が目を覚ますのを待っている。そして彼が目をさました時、彼女は死についてすぐに触れない。まずキスがあり、親密な言葉があり、彼にコーヒーを渡す。

ヘクターについてすぐ話し出さないことによって、彼女は私に、物語の結末部分の中に自分たち二人を溺れさせる気はないことを伝えていたのだ。私たちはもう自分たち二人の物語を始動させたのであり、その物語は彼女にとって、もうひとつの、彼女のこれまでの人生そのもの、私と出会う瞬間に至る全生涯そのものだった物語に劣らず大切だったのだ。

アルマはヘクターの物語を紡ぐ事で、自分の人生を生きてきた。人の物語に仮託することで生起する人生。深く絶対的な孤独を癒す手段としてそれはあっただろう。しかし、ヘクター・マンという男の人生を通じて彼女は別の物語の回路と繋がるきっかけをつかむ。それがデイヴィッドであり、ここに引用したようにアルマはその物語をはっきりとした意志を持って始動させようとする。

では、ここで新たに生み出された物語は自由意志の勝利だろうか。簡単にそうとは言えないことは、オースターは残酷にも物語のラストで示す。アルマは自分の意志で確かに物語を始動させたように見えた。しかし、その物語はどこまでもヘクター・マンを巡るものだった。その桎梏が彼女を縛りつけ、彼女の孤独からの解放は不首尾に終わる。

けれど、アルマの残した痕跡はデイヴィッドの心に残りその物語は引き続き彼の中で生きる。オースターは簡単に希望を示してはいない。ただ物語の持つ力と時としてそれが持つ残酷さ、そしてそこからの回復、という転回を今回もまた見事に描いていると思う。安易な内省に留まらないオースターの示す希望に少し励まされたりする。

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「ワトソン不振」は「イノベーションのジレンマ」の観点から捉えておきたい

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この記事に対して「ワトソンとAWSを比較するのは適切でないのでは」というコメントを幾つか頂いたので、それに対しての見解をツイートしました。まとめておきます。

IBMが直面している状況と、それに対して進めている事業構造変革の動きは、「イノベーションのジレンマ」に大企業はどう対応すべきか、という論点について学びの多い事例です。今後も定期的に触れていきたいと思います。

グローバル企業の経営変革を「物語」から学ぶ「臨床医」としての経営管理

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 ※この記事はフィクションです。筆者の経験を下地にしていますが、設定、登場人物、数字などは全て実際のものと異なります。

過去noteで連載しよう、と試みつつ一回で挫折した、、「V字回復の経営」風に物語仕立てでグローバル企業の経営変革を描いた話があるのですが、少し修正した上でこちらに載せてみます。

響き渡るCOOの怒号

「この数字はいったい何なんだ。しかも、いま何が起きているのか全くわからないじゃないか。お前達はふざけてるのか?」

Sysmetic社日本法人COOのSteveの怒号が会議室に響きわたる。私が上海から帰国した時、所属部門の業績は低迷しており、経営陣のストレスは高まっていた。

世界各地でCOOを歴任してきたSteveは、2012年の1月に日本に赴任してきたばかり。経営のプロである彼から見て、当時の日本法人の状況はまさに「悲惨」な状況だった。

まず当時の事業環境を概観しよう。

売上(Revenue)は金融危機後の需要急減以降下がり続けていた。2009年に40.2億ドル(約4,023億円)だった売上は、2011年には31.3億ドル(約3,125億円)まで2割以上落ち込んでいた。

売上の減少に伴い、利益水準も大きく影響を受け、税引き前利益(PTI)は、09年の20%から11年には13%まで下がっていた。競合の日本企業に比べると依然として十分に高い水準だったが、本社が期待するのは20%という数字だった。

なにより深刻だったのは契約高(Bookings)の減少だった。2009年に38.2億ドル(約3820億円)だった契約高は2010年に33.2億ドル(約3320億円)と急減。その減速は2011年も継続し12年には29.7億ドル(約2970億円)まで落ち込んでいた。

サービス事業は契約時に売上が計上されず、コンサルティングやシステム開発の作業の進行と共に売上が計上されていく。つまり、契約高は将来の売上の先行指標の意味を持つ。これが下がり続けているということは、新しい契約が十分に増えておらず、過去の契約を食い尽くしはじめているということを意味した。

そして、契約高の減少は実際のところ稼働率の低迷を招いていた。特にBillable稼働率(顧客向けの仕事の稼働率)の低迷が深刻で、ターゲットとする70%に対して、60%前後の実績が続いていた。コンサルタントやエンジニアがアサインできる顧客向けの仕事が見つからないため、仕方なく社内のプロジェクトでお茶を濁す例も多かった。

問題なのは、Sysmetic社員の稼働率が低いにも関わらず、外注先への発注金額は高止まりしていたこと。2011年には11億ドル(1100億円)近くの費用が発生しており、売上に対する比率は35%ときわめて高い水準だった。

背景として、日本特有のシステム開発における多重下請け構造がある。

顧客のプロセスやシステムに精通しているのは外部のパートナー会社で、彼等への発注を減らすことはできなかった。しかし、経営の観点からすれば、社員が低稼働であるにも関わらず、外部発注を減らせなければ、それはそのままキャッシュアウトに繋がり利益を毀損する。実際のところ上記したように、利益率はじりじりと下がっていた。

本当の課題はなんなのか?

こうした状況を一刻も早く脱却することをCOOのSteve、そしてCFOのBradは厳しく各部門長と管理部門に求めた。

そうした背景もあり、冒頭に触れた、私が帰国してはじめて参加した週次の経営レビューは大荒れだった。毎週の業績資料を、私の同僚で管理部門のマネージャーの佐久間が説明し始めるや否や、Steveはその説明を遮って怒鳴りだした。

Steve「この稼働率はなんだ。ターゲットより5%も低いじゃないか。いったいどのチームの誰が低稼働なんだ?この資料じゃなにもわからないぞ」

佐久間「はい、すいません。流通部門で契約が想定より遅れており、アサインする予定だったコンサルタントが稼働できて・・」

Steveは佐久間の発言を再度遮りさらに興奮して怒鳴り散らす。

Steve「??本当にそれが原因なのか??その契約で何人、何時間分の稼働が落ちてるんだ、それは全体の何%を占めるんだ?本当にそれが全体の数字を悪くしてる原因なのか?」
Steve「しかも、この外注費はなんだ。既にターゲットを大幅に超えてるじゃないか。社員は低稼働、外注し放題、で、この散々な業績だ。お前たちはふざけてるのか」

佐久間「申し訳ありません、、すぐ原因を調べて報告します、、」

あまりの荒れぶりに唖然としたが、一方で上海で多国籍の経営陣と同様のレビューをこなしてきた私は、現状の経営管理に根本的な課題を感じ取っていた。

それは、事業の構造を全体として捉える仕組みが構築できていないこと、だった。事業とは、まるで人間の身体のように、それぞれの要素が密接にからみ合いながら全体のシステムを作りあげている。なので、売上、利益、稼働率などの指標を個別に取り上げて好不調を捉えるだけでは、事業全体がうまくいっているかを判断できない。

Steveが佐久間に対して怒鳴ったのは、彼が流通という一部門の一つのプロジェクトという個別の要素で、全体の不調を語ろうとしたことにある。

Steveが知りたかったのは、まず事業全体の構造はどうなっているのか、その構造にもとづいて設定された各経営指標はどういう状況なのか、そして、そこからどういったアクションが導き出されるのか、という点だった。こうしたステップを踏むことで経営の健全性を精査し、その改善を導く具体的なアクションを取ることができる。

優れた臨床医は、血圧や心拍など個々の数値だけを取り出して患者の病状を判断したりしない。複数の定量的なデータをもとにし、さらに、往診で得た定性的な情報も加味し、総合的に患者の病状を判定する。経営管理も同様で、個々の経営数値だけ取り出して事業の真の課題を発見することはできない。

Steveの収まらない怒りを眺めながら、私は「臨床医」としてこの事業の構造をどうやったら正しく掴み取れるだろうかと考え始めていた。

【経営ポイント】
事業は、人間の身体のように、個々の要素が密接に絡み合いながら全体の構造を形作っている。よって経営を正しい方向に導くには、優れた臨床医のように、定量データと定性情報を組み合わせながら、総合的に事業の状況を捉える必要がある。

 

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「ワトソン」は不調?IBMとMITの共同研究を読み解く

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IBMとMITがAIの共同研究プロジェクトに、今後10年間で2億4千万ドル(約260億円)を出資すると発表があった。

「MIT-IBM Watson AI Lab」と名付けられた研究所で、ニューアルゴリズム、ハードウェア、ソーシャルインパクト、ビジネス活用の4領域に注目するという。

上記の記事でも触れられているように、気になるのはIBMのワトソン事業の状況。

IBMは21四半期連続の減収という苦しい業績が続いているが、ワトソンを核とした「コグニティブ」事業に大きく投資をして、事業の再編を狙っている。

一方で、本当にワトソン事業がIBMを救うのか、という疑念は投資家の間で広がっている。

例えば、ヘルスケア情報関連のメディアであるStatが癌研究での活用が期待されたワトソンが思ったような成果を挙げられていないことを詳細にレポートしている。

インタビューを受けた、ワトソンを導入した病院の医師は「ワトソンはまだ開発途上で、実際の医療に活用するまでは先は長い」と回答している。

また、継続的に医療関連の最新データをワトソンに読み込ませ続ける必要があり、エンジニアや医師の負担が大きいほか、現場の医療活動にとって意味のある「洞察」はなかなか出てこないと記事ではまとめている。

この苦戦を裏付けるように、直近の2017年Q2の決算では、ワトソン事業を含むコグニティブ・ソリューション部門が対前年比1%の「減収」となった。これは「異例」のことだ。

f:id:nori76:20170916221820p:plain

https://www.ibm.com/investor/att/pdf/IBM-2Q17-Earnings-Charts.pdf

というのも、ハイテク企業では大きく投資する成長事業の場合は、前年比+30-50%の勢いで伸びることが通常となっており、まだ立ち上げ段階とはいえ、なかなかワトソン事業が想定どおりに立ち上がっていないことを示唆する。

例えば、AWSは前年比+50%レベルの成長を一貫して続けてきている。

f:id:nori76:20170916222332p:plain

https://www.nextplatform.com/2017/02/03/will-aws-move-stack-real-applications/

さらに、直近の2017年Q2の決算では、四半期の売上が41億ドル(約4500億円)となっており、年間売上は1兆5千億円を優に越えるペースとなっている。

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http://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=97664&p=irol-presentations

さらに、課題なのは前掲のForbesの記事でも触れられている人材面。

経済メディア「バロンズ」はKisnerの次のような発言を記事内に引用した。「人工知能領域では人材の不足が大きな課題だ。我が社のアナリストらの見立てでは、IBMがAI人材の獲得戦線で勝利を収める見込みは少ない」

たしかに、Google、Facebook、Microsoft, Amazonといった「巨人」達が全てAI領域に注力しており、彼等との人材争奪戦に勝つのは容易なことではない。

よって、今回のMITとの共同プロジェクトについては、労働市場での直接の人材争奪戦ではやや分が悪いIBMが、MITというアカデミアの人材に深くアクセスすることで、なんとか活路を見出したいと考えるのは間違いではないだろう。

なお、IBMの株価はここ2四半期の低調な業績により大きく下げている。

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アクセンチュアが絶好調 16年国内ITサービス市場ベンダーランキング(IDC発表)

IDC Japanが2016年の国内ITサービス市場のベンダー売上ランキングを発表している。

2016年の国内ITサービス市場は5兆4,515億円で前年比成長率は1.4%となっており、成長はやや鈍化してきている。上位陣はおなじみの顔ぶれで、富士通、NEC、日立製作所、NTTデータ、IBMと続く。

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上位5社の過去3年の売上成長率で整理すると以下の通り。富士通が+2.2%と最も大きく、NTTデータ +1.5%、NEC +0.3%と続く。日立製作所とIBMは苦しく、それぞれ-0.9%、-0.5%とマイナス成長になっている。

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この売上上位のリストにはあがっていないけれど、アクセンチュアは非常に好調で、IDCのプレスリリースでも以下のようなコメントがある。

前年比売上成長率が最も高かった大手ITベンダーは、前年同様、アクセンチュアでした。アクセンチュアは、参考資料に掲載した上位7社には含まれていませんが、すべての産業分野で、プラス成長を遂げ、ITサービス事業の全社的な拡大が継続しています。(強調筆者)

この業界にいると、アクセンチュアの好調はやはり聞こえてくるのだが、直近の2017年Q3の業績発表でも、以下のように日本の好調に触れている。

And in Growth Markets, we delivered another excellent quarter, with 13% growth in local currency, led by very strong double-digit growth in Japan, as well as double-digit growth in Australia and Singapore.

次に「成長市場」ですが、現地通貨ベースで前年比+13%とすばらしい実績でした。特に「非常に強く」二桁成長を遂げた日本と、やはり二桁成長となったオーストラリア、シンガポールがこの実績をドライブしてくれました。

上流の戦略からシステムの実装、そしてアウトソーシングまでEnd To Endの幅広い領域で大企業顧客を支援してきた実績と、その経験による産業ごとの知見の蓄積や顧客との関係構築、デジタルやアナリティクス領域への投資、といったことが合わさって、アクセンチュアは当面は力強い実績を継続すると思われる。なお、同様の理由からデロイトやPwCのコンサルティング部門の好調も継続しそう。

一方でIBMは苦しい。IBMのサービス部門は歴史的に自社のメインフレームと紐づく領域が強かったこともあり、そこをAWSをはじめとしたクラウド勢に侵食されているし、自社のソフトウェアやハードウェアを持つことが、「中立」の立場から顧客にサービスを提案できるアクセンチュアやデロイトに比べて逆に弱みになっている部分があると思われる。

なお、マッキンゼーなどの戦略コンサルも含めた業績については、少し古くなるが以下に過去まとめているのでぜひ参考にしてほしい。

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アドビが「デジタル変革」コンサルの提供を開始:「最上流」からのデジタル化支援の競争は激化

アドビがデジタル変革支援に進出

デジタル・マーケティング事業を展開しているアドビが、「デジタル・ストラテジー・グループ」を新設し、デジタル変革を支援するコンサルティングの提供を開始すると発表した。

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提供サービスとしては、業界別のベスト・プラクティスの展開、カスタマージャーニー設計支援、デジタル化のパフォーマンスや組織成熟度評価、ROI評価など「戦略コンサル」としてはオーソドックスなメニュー。

ポイントとしては、SaaSのベンダーが顧客のデジタル戦略策定という「最上流」のところに入っていこうとしているところ。

この「デジタル戦略策定」の部分は、マッキンゼーなどの戦略コンサルティングファームから、アクセンチュアやIBMといった戦略xITを得意としてきた企業までが狙っている競争の激しい領域になっている。

例えばマッキンゼーは、デジタル・マッキンゼーというオファリングを展開している。

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また、ボストン・コンサルティング・グループは、BCGデジタルベンチャーズ、という名前で、デジタル領域におけるベンチャーキャピタル的動きとコンサルティングを組み合わせた面白い試みをしている。

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さらに、アクセンチュアも、アクセンチュア・デジタルの名前で、デジタルマーケティングやアナリティクス領域のオファリングを強化している。

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このように、デジタル変革支援のコンサルティングは、クラウドベンダーから戦略コンサル、総合系コンサルまで各社入り乱れた状況になっている。

日本のデジタル変革支援の文脈

日本の文脈に触れておくと、日本企業は一般的に「戦略的かつ全社的に」マーケティング施策を設計、実行していているところが少なく、いきなり「デジタル化」をと言われてもなかなか具体化できる企業が少ない。

そのため、クラウドベンダーにとっても、デジタルマーケティングを推進するソフトウェアをそのまま売ろうとしても顧客側にその準備ができていないケースが多い。

アドビの今回の「デジタル戦略」のオファリングもその課題に対応しており、ベンダー自ら上流の戦略構築に入っていくことで、その後の自社ソフトウェアの活用に繋げていきたいという思惑があるだろう。

上記したように、この領域は非常に競争が激しく、今後どういった形のコンサルティングが顧客に受け入れられるかを見守りたい。

 

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「怒り」をうまく使って仕事を成功させる秘訣

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「怒り」は、普通ネガティブなものと思われている。けれど、それをうまく「使いこなす」ことで、仕事を成功に導いてくれる場合がある。

「怒り」が自分を変えてくれた

例えば、こんなことがあった。

私が担当事業の翌年度の事業計画作成に関わっていたときのこと。ある経営数値を巡って、アメリカ人のCOOと現場のリーダー達は激しく対立していた。

計画作りの担当だった私は両者の板挟み。アグレッシブな数値を求めるCOOと、現実的な数値を求める現場リーダーの両方から「詰められる」毎日だった。

ある日の会議のあと、COOが真っ赤な顔をして我々を一人一人指差しながら怒鳴った。

「お前たちは何やってるんだ?あいつらをまったく説得できてないぞ。この仕事に本気なのは俺だけじゃないか!!

毎日のように深夜まで、それこそ身を粉にして仕事していた私はここで「キレた」。

「冗談じゃない、こっちがどれだけ本気で仕事してると思ってるんだ。そんなこと言うなよ!!!」

この頃の私はマネージャーですらないただのメンバー。COOは上級役員。外資系であっても(だからこそ)、こんなにあからさまに「怒り」をぶつけることは通常はご法度だ。

しかし、その時の私は本当に真剣に、のめり込んで仕事をしていたので、相手がだれであろうと「仕事に本気でない」などと言われることが許せなかったのだ。

COOはその勢いに驚いたのか、その場で私を叱責したりはせずに、逆にあとで別の日本人役員を通じて「すまなかった」と伝えてきてくれた。

この一件があったあと、私は計画の作成と合意形成に一層邁進し、結果として皆が納得する強い事業計画を作ることができた。

つまり「怒り」が私を成功に導いてくれたわけだ。なにがポイントだったのだろうか。

 腹をくくる

まずは怒りを通じて「腹をくくった」ことが重要。外資系でよく使われるのは「コミットメント」という言葉。

この一件の前の私は、COOとリーダーの板挟みになり、両者の言われるがままになっていた。だから、重要なポイントでどっちつかずになり、計画を前に進めることができていなかった。

つまり、COOや現場のリーダーという肩書きを過剰に尊重したり、恐れたりしていたことで、仕事の本質的な部分である「事業を本当によくする計画を作る」というところに十分にフォーカスできていなかったわけだ。

しかし、COO相手に怒鳴り返す、という「暴挙」で「もう後には引けない、俺がやるんだ」と心の底から思えるようになった。「怒り」というのは、非常に強い感情なので、こうした「強い決意」を支える力となってくれる。

人を引っ張る

一方で 「腹をくくった」だけでは仕事はうまくいかない。次に重要となるのは関係者を「引っ張る力」、つまりリーダーシップだ。

ここでも「怒り」は私を助けてくれた。自分の心の底からの強い感情を持って仕事に挑むことは、他の人にとって、理屈を越えた「迫力」となる。

真剣な場での仕事というのは、論理だけでうまくいくものではない。強い感情を持っていることは、それを直接表現しなくても相手に伝わっていく。

この時も、現場のリーダー達から散々なめられていて、僕の意見など全く聞き入れてもらえなかったのが、心の底に根源的な「怒り」を抱えながら仕事を推進していると、不思議な事に彼等がこちらの意見に耳を傾けてくれるようになってきた。

最後までやりきる

 そして、次に重要となるのは「やりきる力」だ。仕事にコミットし、リーダーシップを発揮しても、仕事は最後までやりきらなければ成果を出すことができない。

ここでも私にとって「怒り」は大きなポイントで、それはストレスの高い、タイトなスケジュールの事業計画作成の仕事を心を切らさずに推進し続ける上での「エンジン」となってくれていた。

私は性格的にはきわめて「負けず嫌い」なので、COOから言われた「お前たちは本気でやっていない」という言葉は心の底から悔しかったし、そんなことを言われてしまう状況になっていることに対する「怒り」も強かった。

そして、この時の思いが「仕事をなんとしてでも成功裏におわらせてやる」という形で自分を動機付けてくれたし、結果として最後まで「やりきる」ことができたのだと思う。

「怒り」に限らず、ネガティブな感情というのは、こちらの記事でもまとめたように、うまく向かい合うことで仕事の質を高めてくれる。ぜひとも自分の性格にあった、感情をうまく活用する方法を見つけ出してほしい。

 

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「職務経歴書長すぎ」日本人の文章の問題点

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職務経歴書に「メッセージ」や「構造」がない

私は仕事柄よく履歴書や職務経歴書を見るのだけれど、そこに「メッセージ」が込められていないものが多くて勿体無いなといつも思う。例えると、商品名しか書いてない広告を読まされているような感じになることが多い。

労働市場では自分は「商品」なので、的確な言葉や描写で自分の経験やスキルを示して、どうやったら「買ってもらえるか」を考えるのが大切かなと。

まあ「誇大広告」という言葉もあるように、職務経歴書をいくら「お化粧」しても自分のスキルが上がるわけではないけれど、まずは文書から自分を「魅力的に見せる」というのは、転職活動においては非常に重要。

そして、より本質的な課題としては、職務経歴書の文章に「構造」がないことがある。実はこれがメッセージの弱さにも繋がっている。この点はすごく強調したい部分。

残念ながら日本では、文書は標準的なフォーマットに則って論理的かつ簡潔に記述すべし、というのを習う機会が大学などでもなかなかない。ゆえに、職務経歴書の場合でも、5ページ以上になる冗長なものも多い。基本は、最大2ページで両面印刷で1枚というのがあるべき姿なのだけれど。。

ライティングを「学ぶ」ことの重要性

やはり、大学できちんとライティングの基礎をみっちりと学べないのは、日本の職業人の弱点になっていると思う。構造的かつ論理的な文章を書ける人が少ないし、そもそも変な表現を使う人も多い。仕事ができる人でも、なんだか摩訶不思議な論理展開と文体を持った文章を書いてきて困ってしまうことも多々ある。

また、就活のエントリーシートの内容にも疑問を感じることが多い。エッセイを課すこと自体は悪くないと思うけれど、エッセイというのは、構造が決まっていないし、その文体を含めて非常に高度な文章力が求められるので、就活における自由記述的な文章で果たしてどうやってそれを評価するのだろうかと思ったりする。

そして、これは日本のビジネス界では、文書作成とは標準的な「お作法」に則ってなされるべき、と認識されてないことを示唆していると言える(これは実は業務の標準化を好まない日本のビジネス界、という課題とも直結していると思う)。

例えば、私がアメリカの大学で学んだことでいまも役立っているのは、このライティングの「作法」を叩き込まれたこと。アメリカの大学の授業では、重要な論点についてエッセイ(小論)を宿題として課されることが多いけれど、この文章は必ずアカデミック・ライティングの構造に準拠していることが求められた。

アカデミック・ライティングとは何か、については、この記事などはわかりやすい。

以下の図が示すように、Introdution - Body - Conclusionが基本の構造で、この構造に則った文章を書くことはアメリカの大学のエッセイでは必須。これ以外は認めない、というところが重要で、これは業務の標準化にも繋がる重要な考え方。

Introdcutionでこの文章で何について論じるのかを明確にし、BodyではIntroductionで呈示した論点を、複数の観点から論理的に説明していく。そして、ConclusionでBodyで論じたことを踏まえて、論点に対しての自分の回答をまとめる。

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 そして、これを踏まえて、職務経歴書であれば、このビズリーチの記事はうまくポイントをまとめている。

Intorductionにあたる「職務要約」や「スキル」で自分の経験や強みをまず要約して伝える。そしてBodyにあたる「職務経歴」の部分で、なぜ自分がそのスキルを持っていると言えるかを、過去の経験をポイントを踏まえて記述することで説得力を持たせていく

そして、結論(Conclusion)として、採用側が職務経歴書を読み終わった後に「なぜこの人を採用すべきか」が文書から理解されるように構造化されていることが重要になってくる。

また、実際に自分でこうした「構造」を意識した文章を書いて練習すると同時に、構造化された優れた文章を読み込むことは良い訓練になると思う。

その一例としては、この「クルーグマン教授の経済入門」を挙げたい。ノーベル経済学賞を受賞し、日本の「リフレ派」にも大きな影響を与えた、アメリカの経済学者のクルーグマンが、アメリカ経済を題材に、生産性や貿易、日本経済、欧州統合など幅広いテーマについて論じた本。

クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫)

クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫)

 

ある論点について、分かりやすい論理構造と簡潔な記述でその背景や課題、解決の方向性を提示する文章を書く、というビジネスで求められるスキルを、具体的に楽しく学ぶことができるので、ぜひ一読してほしい。

 また、山形浩生氏の訳者あとがきは、ここで読めるのでぜひ。クルーグマンの過去の業績も分かりやすくまとめられているので、一度読んでおくと理解が深まるかと思う。

P. Krugman "The Age of Diminished Expectations" Translator's Note

 

楽しみながら仕事を「やり抜く」コツとは?

  「やり抜く力」を読んでいるけれどやはり面白い

やり抜く力

やり抜く力

 

「人は自分の興味に合った仕事をしているほうが 、仕事に対する満足度がはるかに高い」

「人は自分のやっている仕事を面白いと感じているときのほうが 、業績が高くなる」

マネジメントの仕事をしていていつもぶつかるのは、この「動機づけ」の部分。「この仕事やってて面白い!」という状態にメンバーを持っていけるかが大事なのはわかっているけれど、これは本当に難しい。ほとんどの人は、仕事で「自己実現」したいわけでなくて、ほどほどに稼ぎつつ暮らしていきたいな、というのが普通なのだし。

だから、仕事を「楽しめる」というのは案外難しくて、特に毎日やっている仕事からその「面白さ」を引き出すというのもひとつのスキルと言える。

例えば、私の仕事なら、毎週の稼働率のデータをじっくり眺めてるとコンサルの「生態」が浮かび上がってきてむちゃくちゃおもしろいんだけど、その面白みを共有できる人はとても少ない。

就活でも「好きなものを探そう」というけど、探さなくちゃいけないようなものは「好きなもの」じゃないですよね。好きなものってのは、人になに言われるまでなく、既にやり始めてるわけで。ただ、それを職業に結びつけるまでにはかなりの試行錯誤や覚悟もいるから、そこですよね、論点は。

「やりぬく力」でも、関連する研究を以下のように整理している。

「おとなになったらなにをしたいかなど 、子どものころには早すぎてわからない」
「興味は内省によって発見するものではなく 、外の世界と交流するなかで生まれる」
「興味を持てることが見つかったら 、こんどはさらに長い時間をかけて 、自分で積極的に掘り下げて行かなければならない」

これは非常に面白くて、なにかを「好きである」というのは大事なのだけれど、より大切のはその興味・関心を外の世界に位置づけること、そしてそれを掘り下げること、だということ。

仕事でいえば、どんな仕事でも面白いところはあるので、そこに気づいて自分で工夫して改善して、成果が出てくると、そのループが楽しくてもっともっとはまっていく。ここが分岐点と思う。逆に、この「自ら」はまっていく感覚や経験がない人を変えていくのはとても難易度が高い。

上海から帰国して、マラソンでサブ4を目標に集中して練習したことがあったのだけど、あれは確かに非常に学びが多かった。練習本を読み漁り、毎日の練習にフィードバックしながらタイムをあげていく。最終的に3時間半までタイムを伸ばせてのだけれど、なによりどう「やりきる」のかという点を学べたのが大きかった。

このマラソンの時もそうなんだけど、仕事でも、ポイントは、毎日努力しているんだけど成果が思ったよりはあがらない時に、どこまで我慢できるかなんですよね。そこで我慢すれば後で大きな飛躍が訪れる可能性は高いんだけど、こらえきれない人は多い。

つまり、「やり抜く」体験があると強いのは、成果が出てない時に「焦らない」ことかなと思う。ゴールまでのイメージができているので、まだ中間点でしょ、と動じない。で、試行錯誤しながら粘り強く改善を続けていって、なんとしてでも成果に「たどり着く」。このゴールを手繰り寄せるイメージが重要かと思う。

 他にも面白い論点がありそうなので、読み進めたらまた紹介します。