グローバル経営の極北

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グローバル経営の極北

日系メーカー、米系IT企業を渡り歩いてきた経験をもとにグローバル経営について語ります。Twitter(@nori76)もやってます

なんであんなに仕事に熱中してたんだろうか?

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育児をしていると、自分の人生観みたいなものが組み替えられていくのを実感する。今年1年は、仕事より育児・家事の比重が間違いなく高かったのだけれど、そういう生活を続けていると、24時間仕事のことばかり考え、毎日少しでも経営を良くするにはどうしたらよいかと格闘していた時のことが随分遠くに感じられる。

特に前職は、売上数千億円の事業のターンアラウンドという要素が大きく、細部まで張り巡らされた経営管理の仕組みを精緻に動かしながら、本社から求められるきわめて高い数値目標を狂いなく出していくことが必要だった。経営陣からのプレッシャーは非常に強く、重要な経営数値についてCOOとCFOに詰められる夢を何度となく見た。夜中に絶叫して起きたことも何度かある。

それでも、そういう生活は充実感も伴う。与えられた課題の本質的な部分、作動する原理や働き方を、データに入り込んでいくことで分析し、そこから論理的に導き出される解決策を設計していく。論理性だけでなく、組織に流れる感情や政治力学にも配慮し、さらに施策を練りこんでいく。こうした没入を経て思ったような成果が出ると、大きな達成感に包まれたことをよく覚えている。

この生活は娘が産まれて一変した。育児や家事に物理的に時間が取られる以上に、精神的な部分での変化が大きい。自分が想像していたよりはるかに、育児というのは心配事が多い。保育園に通いはじめると子供はすぐ病気になるし、目を離したすきに事故になるのではと気が休まらないし、寝ている間になにかあったらどうしようと不安を常に感じる。などなど、精神的な負荷は思ったより高く、結果として、そのモードから仕事へ頭を切り替えることがなかなか難しかったりする。

そういう生活が続くと、あれっそもそもなんで俺はあんなに仕事に熱狂的にのめり込んでいたのだろうと思う。数字の達成に全力を傾け、少しでも妥協した仕事をした人がいれば怒鳴りつけ、最後の最後まで執念を燃やしながら成果を出すことに拘る。そういった没入や狂気と共に毎日を過ごしていた日々はなんだったのだろうか。

保育園に迎えに行くと、こちらを見つけた娘がニコニコしながら、よたよたとこちらに向かって歩いてきて、両足にぎゅっと抱きついてくる。鼻水を取りに行った耳鼻科で、膝の上にちょこんと乗った娘に絵本を読んであげていると、こちらを見上げてにこーと微笑みかけてくる。疲弊と心配、そして幸福を行ったり来たりしながら、自分の中で人生のステージが切り替わっていることを毎日感じる。