グローバル経営の極北

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日本の組織が専門家をうまく扱えないワケ

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少し前になるが日本から香港の大学に、主に給与を理由として移籍することになった経済学の教員の方が話題になっていた。

その方に限らず、大学の教員の方が低い給与や雑務の多さを嘆くのはソーシャルメディアでよく見かける光景。ここから、専門性の強いはずの大学でも、日本では人事モデルは「メンバーシップ型」で「ジョブ型」でないんだよなと改めて思うところ。

実際のところ、ジョブ型への移行、というのは口で言うのは簡単だけれど、実現には経営モデル自体の変革を伴うので道のりはなかなか険しい。

ジョブ型の場合、給与から投資規模まで、様々な経営リソースの傾斜配分を経営陣が意思決定していく必要がある。よって、基本はできる限り均等にリソースを振り分けることが前提となっているメンバーシップ型とは経営思想がだいぶ違う。このギャップを埋めることが難易度が高い。

例えば、活躍している経済学の教員の方は、経済学は国際競争にさらされているから能力の高い教員の給与も高くすべき、と言っていると思う。しかし、メンバーシップ型の雇用モデルでは機能ごとの価値を平等に見る、つまり文学部も経済学部も同じ価値があるとみなす。それは、日本企業が全ての部門に基本は同じ給与モデルを適用するのと同じで、この経営モデルを採用している限りは、いくらある特定のスキルが市場価値が高くても、そこに他より多くの投資を行うことは困難となる。

ロースクールを日本で作った時に、日本企業の法務部門での採用が進むと期待されていたけど、全く進まずに制度的に失敗に終わったのもこれが一因と言える。メンバーシップ型の日本企業からすると、給与モデルはじめ社内弁護士をどう位置づけるかが難しい。繰り返しになるが、人事制度上差別化できないからだ。

最近だったら、データサイエンティスト、なども同様。日本企業は傾向として専門家を社内に持つのを得意としないけれど、これはメンバーシップ型の人事モデル、という「制度」から来ているが故に、単に市場価値が高く優秀な人材は当然高い給与で雇いましょう、とはいかない。

そして、このメンバーシップ型の人事モデルからの帰結として、ファイナンスは銀行、マーケティングは広告代理店、貿易や与信は商社、情報システムはSIer、など専門的な職能は全て「外部の専門家」に任せる日本企業特有の仕組みが戦後に形成されてきたのかなと思う。

よって、CFO, CMO, CIOなどの存在がなかなか定着せず、CxO職なんて名前だけのお飾りだろ、みたいな話に未だになってしまう状況だけれど、現代の複雑化した経営では、各職能に専門家をきちんと設置することの重要性はさらに増してきている。この課題に、日本のメンバーシップ型組織でどう対応するか、というのは、古くて新しい経営課題だと考えている。