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総合商社マンKさんのこと。そして「商社冬の時代」は巡るのか?

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Sさんのことについて書いたら、メーカーで海外営業をやっていた時のことを懐かしく思い出した。その頃の数少ない同世代で、楽しく一緒に仕事した総合商社のKさんについても書いてみたい。また、「総合商社の中の人」のトイアンナさんによるインタビューを読んで触発された部分も含めて、総合商社の強みとはなんなのか、という考察も少し。

Kさんは「川があったら泳いで渡る」総合商社の人で、僕より2歳年上。紙・パルプ産業の部署で、その頃は関連子会社に出向していた。僕のいた新規事業はある特殊な塗布技術の開発に成功し、それをプレミアム用途の紙として商品化していた。その販路として商社も活用しており、その流れでKさんと知り合った。

彼は、皆が幻想を抱いている「イケてる」商社マンからはかけ離れていた。まず見た目。身長は160センチ台で、やや小太り。童顔だけれど髪は少し薄め。「合コンでウェーイ」タイプとは程遠い。

でも(だから)、仕事はできた。なによりハングリーだったし、常に現場に足を運んで自分の目で確かめる。大学では中国語専攻で、留学したことはなかったのに流暢に中国語を使いこなした。人懐っこい笑顔で相手の懐にさっと入り込んで、ビジネスチャンスがあればさっと食いつくまさに「商人」だった。

彼と知り合った時、僕はちょうど2年目になったところで、部署で誰もきちんと担当していなかった中東やアジアの市場開拓や代理店管理をまかされたところだった(というか、人を寄せ集めた新規事業だったので「Tは英語話せるし、なんか汚いのもいけそうなんで中東・アジアやっといて」みたいな適当なノリだった)。

Kさんとは最初に会った時から意気投合した。同世代だったこともあるし、なにより彼の話の早さが好きだった。東南アジアで販路広げたいんですよね、と言ったら、すぐタイで複数の候補が上がり、次の週には確認に出張に飛ぶ。そんなリズムで話が進むのでこちらもすごくやりやすかった。

タイでのビジネスはうまく軌道に乗り、次は彼が最も得意とする中国市場を攻めることに。Kさんが他のビジネスで既に緊密な関係を築いている会社を紹介してくれた。その会社は広東省にあり、社長がとにかく強烈なおっさんだった。訪問するなり自慢の工場に連れていかれ、工場の紙裁断の設備を指差しながらおっさんが吠える。

「見ろ、この"最新鋭"の裁断機を!すごいだろ、これほんとすごいんだ。これ使ってバーと裁断加工して、ダーと売り切り。これがオレのやり方だ(きらん)」

こんな感じで、顔をこちらの近くまでぐーと近づけてまくし立ててくる。派手に唾が飛んでくるし勘弁してくれよと思っていたが、Kさんは常に冷静。おっさんはさらに続ける。

「K、おれのすごさはもう分かっただろ。もっともっと売ってやる。とにかく安くしてくれ。そうしたらばんばん売ってやるよ。中国全国にオレは販路あるんだよ!」

おっさんは会う度にこんな調子だったが、Kさんは相手の顔を立てつつ、こちらの要求もうまく織り込んで、いつもうまく交渉していた。全て中国語でやっていたわけで、今思い出しても見事だった。

その後、Sさんの話で書いたように、僕がやっていた新規事業は結局事業売却となり、僕は転職したので、仕事でのKさんとの関係はなくなった。それでも彼とはたまに飲みに行く間柄だった。ある時丸の内で飲んでいた時に彼が呟いたことを今でもよく覚えている。

「いやー、私が子会社で現場駆けずり回ってビジネス作って日々口銭稼いでるのにね、本体で現場も見ずに中南米のパルプ開発投資してるやつがばーんと儲けるわけですよ。でね、人事の評価もあっちの方が高い。やってられないですよ」

ちょうど資源高によって総合商社の利益水準が大きく拡大している時期だった。仲介事業から事業投資へ。総合商社はビジネスモデルの転換に見事に成功したとしてもてはやされ、就職先としての学生の人気もうなぎ登りだった。

Kさんは中国ビジネスを中心に以前と変わらず大きな成果をあげていたようだったが、なかなか希望の中国駐在もできていなかった。子会社への出向もかなり長くなり、彼の苛立ちはこちらにもよく伝わってきた。

それから数年が経ち、いろんな偶然と幸運が重なり僕の上海駐在が決まった。その数年前から、Kさんは、念願叶って広州に駐在していた。メールで連絡を取り合って、彼の上海出張の時に会う約束をした。

久々に会ったKさんは痩せており、前より格段に引き締まった印象だった。話を聞くと非常に順調のようで、紙パルプだけでなく、生活産業全体を統括する事業部長になっていた。日本の大手生活用品企業のサプライチェーンに深く入り込んで、中国の現地企業とかなり大きなビジネスを展開しているようだった。

「中国の駐在店全体で最年少の事業部長になれましてね。やっぱ中国は強いですよ。まだまだここで仕事したいですねー、日本帰りたくないですよ(笑)」

Kさんの昔から変わらない人懐っこい、無邪気な笑顔が見れて嬉しかった。16年3月期の決算で、Kさんの商社が「非資源」投資での成功から業界最高の純利益を達成しそう、という記事を見た時、まず思い出したのは彼のことだった。

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Kさんをはじめとして、メーカー時代に多くの総合商社の人と仕事をしたけれど、やはり優秀な人が多かった。彼等の強みは、情報、特に「非公開情報」の価値と活用の仕方を知り尽くしていることにある(俗に言うところの「インテリジェンス」)。

優れた商社マンは、昼夜問わず顧客や流通から、普段オープンにならない情報を巧みに引き出す。それをうまく使いながら「商流」を構築していく。僕の経験でも、彼等がこちらが欲しいけど辿り着けていない情報を絶妙に「出し入れ」しながら交渉を進めていくことにいつも感心していた。このスキルは優れた商社マンが共通して持っている資質だ。

資産価格の上昇で、「事業投資」ばかりがクローズアップされたし、商社自身もそこが強みだと大きく舵を切ったけど、「総合商社の中の人」が指摘したように、そこは本質的な総合商社の強みではないのではないか。その点を見誤ると今後また「冬の時代」が来る可能性もある。

さらに本質的な脅威は、バリューチェーンの情報がデジタル化によってオープン化したり、プラットフォーマーに集約されること。GEが狙っているのはここだし、もしこの方向でのデジタル化が成功をおさめてくると、じわじわと総合商社の存在を脅かすことになるだろうと考えている。「破壊的」プレイヤーの隣接業界からの侵攻、という現代経営のテーマは「総合商社」という世界でも特殊な産業においても注視すべきテーマになってきているのではないだろうか。