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なぜ目標を立てることが成功の秘訣なのか~産業・組織心理学から読み解く

 

産業・組織心理学エッセンシャルズ

産業・組織心理学エッセンシャルズ

 

 今日は最近じっくり読んで勉強しているこの本のご紹介。

経営管理の仕事をしていると、組織や人のマネジメントに長けているマネージャーとそうでないマネージャーがいることに気づく。そして、マネジメントが得意なマネージャーは必ず何かしらの「方法論」を持っている。僕もマネジメントの経験を積むにつれて、そういった「成功モデル」をいくつか持っている。これらの方法論の理論的背景を勉強したいなと思っていたのだが、この本はまさにその要望にぴったりで、非常に勉強になる。

紹介したい理論はたくさんあるのだけれど、この記事ではまず「目標達成理論」に触れたい。

現実の多くの仕事は達成が困難で報酬も不十分である。期待理論では動機付けの低いこのような仕事でも、なぜ人は努力するのか、これを説明し予測するのが目標設定理論(goal-setting-theory)(Locke & Latham, 1990a)である。目標設定理論では、明確で困難な目標を設定した場合、人は強く動機づけられ高い業績をあげると考える。「産業・組織心理学エッセンシャルズ」 p20

ここのポイントは「明確で困難な目標」というところで、「30分で10問」という目標の方が、「30分で2問」といった簡単な目標、「最善をつくそう」といった曖昧な目標よりも業績を高める、という例があげられている。

さらに、ただ目標を立てるのでなく「必ず実現しなければならない"コミットメント"を必要とする目標」とすることも重要であるとされている。例として「今年の利益目標は1000万円」でなくて「今年中に1000万円の借金を返さねば倒産する」といった目標設定が効果的であるとされている。

この2つのポイントは、アメリカ企業にいると非常に頷けるところで、よく「ストレッチ」という言葉で表現されている。売上や利益、といった目標に限らず、まず「ストレッチ」された難易度の高い目標を具体的な数字と共に「ターゲット」として設定し、責任者に達成を強く迫っていく、というのはアメリカ企業のマネジメントの「基本」と言えるくらい当たり前の手法になっている。

さらに、上の例にある「借金を返さねば倒産する」という目標にコミットさせる部分は、アメリカ企業だと「達成しなければクビになる」というプレッシャーがあたる。もちろん達成しなければ「必ず」クビになるわけでないけれど、クビになったり、役割を外されるかも、という可能性は常にあるので、それは社員に「コミットメント」を促す仕組みとして機能していると言える。

この目標達成理論に基づいた高業績サイクル(Locke & Latham, 1990b)というモデルも非常に面白い。

明確で困難な目標が業績を高めるのは努力に加え、目標が努力だけでは実現できないので新しい方略・技術の考案や学習が促進されるからである。やさしい目標では努力の集中や方略の考案の必要がなく、曖昧な目標では何をどこまですべきかの基準が明確でないので業績が高まらないのである。同上 P21

これは非常に重要なポイント。明確で難しい目標を「立てることによって」イノベーションが生まれ、それが成果に結びつく、というのは多くの含意がある。イノベーションというと、イノベーションの内容に目が行きがちだけれど、まず目標を立てることが「どうやったらそこにたどり着けるか?」という試行錯誤を引き起こし、その繰り返しが結果的にイノベーションを生む、というのは、確かに成功の秘訣になっている事例が多い。

例えば、テスラもまさにそのやり方をとっている。イーロン・マスクは、まず「明確で困難な目標」を明示した。高級車のロードスターからスタートし、モデル S & Xを経て、モデル3でマス・マーケットに進出する。EVの量産化には懐疑的な声が大きかったが、この「明確で困難な目標」に沿って突き進んだ結果、400万円クラスのモデル3の発表にまで漕ぎつけ、あっという間に40万台に迫る予約を獲得した。

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さらに、この「高業績サイクル」を支えるものとして「動機づけ」の重要性が論じられている。

目標設定理論の想定する行動は、実現可能性が高く価値のあるものをめざす期待理論の想定する行動ではない。この行動のめざすものは外的な報酬ではなく自分自身に対する内的な評価の高まりである。(中略)この動機づけによる行動では、達成できない場合でも成果のレベルは高くなるので必ずしも失敗とならない。また、挑戦したこと自体や努力の過程で知識や技術を身につけたことが内的報酬となるので、達成できないことが必ずしも大きな不満足をもたらさないという特徴がある。同上 P22

これまたとても頷けるポイント。金銭など外的な報酬でなく、自分が成長している、という手応えや実感こそが内的な報酬として人々を動機づける。これは多くの人が思い当たる経験を持っているのではないだろうか。

僕も自分が一番成長したと感じ、深い充実感を感じていたのは、前職でCOOから毎日のようにストレッチ気味の経営課題を与えられて、そこに徹底的に没入してベストの解を出すべく奮闘していた時。彼は厳しい課題を突きつけてくるだけでなく、フィードバックも常に与えてくれて、うまくいけば褒めてくれたし、うまくいっていない時は示唆や洞察を与えてくれた。朝起きてから夜寝るまで、経営課題が頭を離れることはなかったけれど、そこでの挑戦や学びは何よりのモチベーションとなっていた。

行き過ぎた金銭的報酬が、社内のインセンティブ構造を歪め金融危機の一因となった、と欧米の金融期間は危機後に厳しく批判された。それ以来、欧米企業では、金銭的報酬でなく内的報酬こそが重要だというのが、Googleなどテクノロジー企業の成功と合わせて強調されはじめている。その流れにおいても、これらの心理学の理論モデルは非常に興味深いと思う。