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優れたプレイヤーがマネジメントを嫌うわけ

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僕は様々な部署のマネージャーとやり取りがあるのだけれど、プレイヤーとして優れた人ほど、マネジメントの立場で数字を管理したり、人を方向づけたりすることを、どこか「純粋でない」仕事と思っているなと感じる時がある。それはそれで一つの見識と言える。一方で、管理職の立場になったら、人をマネジメントすることから逃げるわけにんいかないので、ここは壁になってくる。

もちろん、一生プレイヤーでやる、というのも不可能ではない。ただ、優れた人材はやはりマネージャーとしての役割を会社から期待されるし、その仕事をどう本質的に捉えて面白さを見つけていくか、というのはキャリア構築上避けられない。

優秀な人がマネジメントの仕事を好まないのは、誰かに仕事を「やってもらう」(もしくは「やらせる」)側面をどうしても含むからなんだろう。優秀な人はマネージャーから何かを「やらされる」ことを好まないし、誰の力でもない自分の力で成果を出してきた、と自負を持っている場合が多い。なので、いざ自分がマネジメント側になった時にどうしてもそこに違和感を感じてしまう。

結果として、メンバーを放置していたり、自分の成功モデルでメンバーを詰めまくるマネージャーなどが生まれる。当然のことながら、それは長期的に組織が成功するやり方でないので、パフォーマンスがあがらない組織を前にして、彼等は苛立ちを募らせていく。

さらに、そういうマネージャーを上位マネジメントが、プレイヤーとしての優秀さに遠慮や尻込みしてきちんとマネジメントを教えられないと、結果的にもっと不幸なことになる。彼等はマネジメントというのが改めて学ぶ必要のあるスキルであることをうまく認識できず、プレイヤー時代の成功モデルを組織にそのまま持ち込もうとして失敗していく。残念ながらこういう例は多く見てきていて、結局マネージャーとして実績を残せないままプレイヤーに戻っていく人も多い。

また、マネージャーから適切なマネジメントを受けられないことは、組織のメンバーにとっても不幸なことになる。よくあるのは、プレイヤーとして優秀なマネージャーが、難しい仕事を自分で巻き取ってしまうこと。メンバーの実力を信じきれなかったり、育てる手間を面倒と感じるがゆえに、彼等は自ら仕事を推進してしまう。それはメンバーの成長のチャンスを奪うことになり、結果的にマネージャーにとって一番欲しい「優秀なプレイヤー」が生まれてこない悪循環に陥っていく。

こうした残念な例は本当に多い。「優秀なプレイヤー」だった人をうまく説得するのはとても骨が折れる難しい仕事なのだけれど、マネジメントの巧拙が業績を決めるので、嫌われても仕方ないなと思いながら彼等と向かいあうのだった。

 

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

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