グローバル経営の極北

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グローバル経営の極北

日系メーカー、米系IT企業を渡り歩いてきた経験をもとにグローバル経営について語ります。Twitter(@nori76)もやってます

アメリカのウォルマートで「虫けら」扱いされた留学時代のこと

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その是非については色んな議論があるけれど、海外留学や海外長期滞在は若い頃に経験しておいたほうがいいと個人的には思う。なぜなら、自分の考えや地位は相対的なものに過ぎないんだ、というのを「骨身に沁みて」理解できるから。この体験は一つの国だけに住むことではなかなか得られない。

一方で、日本では依然として「海外」という言葉に特別な意味が付与されていて、海外体験を自尊心の源泉にして自慢気にそれを語る人や、そういう海外体験を振りかざす人に激しく反発する人がいたりする。

でも、僕の経験を踏まえれば、海外に長く住むということは「自慢できる」ような体験よりも、「惨めな」体験をすることの方がずっと多い。

僕は大学の交換留学制度を使って1年間アメリカ中西部の州立大学に留学した。英語はそれなりに勉強していたけれど、現地についてみて自分の英語力の無さに愕然とすることになる。

まず相手の話していることがわからない。こちらの言っていることは全く伝わらない。留学した州立大学は州内のトップ校だったので、プライドの高い学生が多く集まっており、中西部の保守的な気風と相まって、英語もまともにしゃべれない留学生を相手にしてくれるような学生は少なかった。こちらが支離滅裂な英語をしゃべると、侮蔑したような顔でこちらを見つめ、そのまま去っていかれたことも何度もあった。

さらにしんどかったのはウォルマートやマクドナルドのような店舗。ウォルマートのレジ打ちのおばさんの言っていることすらよく分からず、こちらが戸惑っていると、「英語もしゃべれないのか、こいつは」とまさに「虫けら」を見るように露骨に蔑んでくる。これはこたえた。

授業もしんどかった。毎回課される大量のリーディングアサインメントとレポート。毎晩深夜まで教科書を読み続けても、宿題の半分くらいしか終わらず絶望的な気持ちで朝を迎える。さらに授業もしんどい。うっかりディスカッション中心の少人数のクラスを取ってしまい、教授が話している内容が全くわからないまま質問され、「何の話でしたっけ?」と僕が答えて、周りの学生に(嘲笑混じりで)爆笑されるなんてこともあった。

唯一救いだったのは、学生寮のルームメイト(イタリア系アメリカ人)や隣室のインド系アメリカ人の学生はとてもフランクにこちらとコミュニケーションしてくれたこと。いま思えば何言っているかわからないひどい英語をしゃべっていただろうに、彼らは辛抱強く聞いてくれて、こちらの言いたいことを察してくれることも多かった。

ただ、こうした数少ない友人たちが助けてくれたけれど、なかなかうまくならない英会話、全く追いつかない勉強、こちらを蔑むアメリカ人の目、などしんどいことが重なり、僕は段々授業に行けなくなっていく。まず夜中まで勉強して朝起きるのがしんどくなり、授業を欠席しはじめる。それがさらに重荷になって、勉強もしんどくなり、夜中の間ずっとコンピュータールームであてどなくネットサーフィンをする毎日に。生活のリズムは完全に崩れ、朝まで起き続け、そのまま昼間はずっと部屋のベットで寝るような生活に落ち込んでいった。

そんな生活が続いた数週間後。部屋の電話がなった。大学の留学担当オフィスのディレクターからだった。

「あなたが授業を欠席し続けていると聞きました。このままだと日本に帰ってもらうしかありません。すぐオフィスに来てください」

問答無用の厳しい言い方で、僕は青ざめた。あの時の絶望的な気持ちはいまでもはっきり思い出せる。ここで強制帰国となってもおかしくなかったが、留学オフィスの別の女性が優しい人で、こちらのつらい状況に耳を傾けてくれたおかげで、なんとかその場で帰国という最悪の事態は避けることができた。

こんな情けない状況に陥り僕が部屋で放心状態でいると、ルームメイトが帰ってきた。自分に起きたことを彼に話をして、なんとか帰国はしないで済みそうだと言うと、彼は優しくこう言った。

「I'm always behind you, nori (おれはいつでもお前の味方だ、nori)」

この彼の言葉を思い出すといまでも泣けてくる。いろいろとこちらに問いかけたりしてきたりはせずに、彼はただこの一言だけを投げかけてくれた。この彼の励ましをきっかけに僕はなんとか立ち直り、毎日苦労の連続だったけれど、なんとか1年の留学予定を修了することができた。

僕の留学はこんな感じで本当にイケてなくて、惨めなことばかりだった。でも、そのおかげで、自分が持っていた過剰な自意識は中和されたし、島国がゆえに過剰にそこに意味付けしがちな「日本人」という存在を相対化するきっかけにもなったと思う。そして、惨めさに打ちひしがれていた僕を見捨てないでくれたルームメイトの記憶は、その後社会人になって海外の仕事で苦境に陥った時も、自分をギリギリで支えてくれた。

もちろん、せっかくの留学で僕みたいに惨めな経験をわざわざする必要はない。僕はただ準備不足で、しかも精神的にも未熟だっただけだ。ただ、海外での長期滞在は、その人にしかわからない様々な、大小の「物語」を生み出してくれる。そして、その「物語」の記憶はその後の人生で自分を暖めてくれたり、鼓舞してくれたりするものになるように思う。

 

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