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イノベーションは細部に宿る:小さな部分への分割がイノベーションとなる一つの条件

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いつもブログを読んでいただいている皆さま、ありがとうございます。今回は気鋭の経営学者である岩尾俊兵さんに特別に寄稿いただきました!トヨタに代表されるような「改善」の連続が「掛け算」として大きなイノベーションに繋がっていくモデルを、コンピューター・シミュレーションによって実証的に明らかにした、非常に面白い研究をされている方です。

以下プロフィールにあるように、東大「初の」経営学博士である彼の論稿をぜひ楽しんで下さい!

岩尾俊兵さんプロフィール

1989年佐賀県生まれ、2018年東京大学大学院経済学研究科マネジメント専攻博士課程修了、東京大学創設以来最初の博士(経営学)を授与される。同年、明治学院大学経済学部国際経営学科着任、東京大学大学院情報理工学系研究科ソーシャルICT研究センター客員研究員、中堅ベンチャー企業複数社の取締役・監査役・技術顧問等を兼務

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イノベーションをどうしたら創出できるのか?という問いは、一般社会、政策会議、そして経営学界など、多くの場所で繰り返し問われ続けている。そして、そうした場での一般的なイメージは「(一般人による地道な改善ではなく)ジョブスのような天才が強力なリーダーシップによって、これまで誰も作らなかったような新製品・新サービス・新生産方法などを世の中に生み出す」というものだ。しかし、こうしたイメージではある重要な可能性が見過ごされてしまう、というのがここでの主張だ。

実は、経営学の世界においても一般的イメージ同様、おおむね「ラディカルなイノベーションを生み出すベンチャー対インクリメンタルな改善しかできない大企業」という図式が語られることも多かった。そして、インクリメンタルな改善は本質的に世界を変えるようなイノベーションとはなりえないとされ、それゆえに改善が得意な日本はダメなのだという日本悲観論の根拠とされたほどだ。

こうした常識に反旗を翻し、改善であっても世界を一新するイノベーションとなりうることを、筆者は実証分析と最新のコンピュータ・シミュレーション技術によって世界で初めて示した*これは、今年5月のトヨタ自動車決算発表時に豊田章男社長が記者からの「トヨタは改善でイノベーションを起こせるのか?」という筆問に対しておこなった「インプルーブメント(改善)の何が悪い、それが結果としてイノベーションにつながっていく」という旨の発言が、単なる標語や苦し紛れの反論でなく本質を突いたものであったことの証左でもある。

一方で、改善は改善でしかない場合もあり、豊田社長の言に全面的に賛成することもできない。ここで大事なのは「改善がイノベーションとなる場合と、改善が改善以上の何物にもなれない場合との分け目は何なのか?」という疑問に答えられることである。

両社の分け目は、答えを知ってしまえば手品のように単純である。それは「足し算」か「掛け算」かの違いである。仮に、改善活動が工場内のある部分の効率を1%上昇させるとしよう、例えば500か所の部分があるとして、それぞれが独立して1%の効率上昇が見込まれたなら、全体の効率上昇もまた1%となる。これは1%を500で割ったものを500回「足して」いるため当然の計算である。それに対して、ある部分の1%の改善を「前提にして」他の部分の改善が1%おこなわれるとすると、この効果は「複利計算」のような掛け算的・指数関数的なものとなる。全体が500あるとすると、約14477%の効率上昇となる。1万数千%の効率向上となれば、これはまさしくイノベーションである。

しかも、これは生産方法の効率向上にとどまらない。製品のイノベーションであろうと、サービスのイノベーションであろうと、およそ「部分に分けられるもの」であればすべてこの論理が適用できる。そして、ノーベル経済学賞受賞者のハーバート・サイモンが喝破したように、人工物とは部分に分けられるという性質を必然的に持つため、すべての人工物のイノベーションに上記論理が当てはまるといってよいだろう。

では、そんなことが実際に可能なのか?実際の日本の自動車産業の複数社の事例を見てみよう。まず、日本の自動車産業では、小規模な改善活動数多くおこなう工場が当然ながら多数みられた。しかし、その中には、小規模な改善をおこなっているうちに、変種変量ラインという1ラインで5車種も6車種もの同時生産をおこなう新生産方式を開発した場合もあった。これは、一つの改善が次の問題を生むという「問題解決の連鎖」を引きおこすことができたために可能となっていた。

もう一つの例として、自動車のドアを作る工程で、これまで数人で数時間かかっていた作業が、無人で90秒で出来るようになったというものもある。しかもこれはせいぜい数千円~30万円以内の投資を繰り返したもので、総額でも100万円しないくらいの投資額で可能になった。まず、ちょっとした工夫で数百個まとめて運ぶ部品箱を使わなくてよくなった。そのため、その上に少しの変更をすることで、部品一つずつを定位置へ運搬することも可能となった。同じ位置に部品がくるため簡単な機械の導入で自動化ができるようになった、という3段階の連鎖関係が見てとれた。

さらに少しずつの変更を加え続け、今ではドアのプレス加工から組み付けまで一度も作業者の手を介する必要がなくなったため、上記の効果が得られた。こうしたことは、最初から計画していたわけではなく、大目標のもと改善をおこなっていたら、他の部分にも使えるということになり、さらに追加の改善活動をおこなっていたら結果として今のような姿になったと、工場長は回想する。

このように、「問題を部分に分け、ある部分の変化を前提に他の部分のより良い変化を考える」という細分化と掛け算の発想が、改善をイノベーションにして世界を一新するための必要条件である。しかも、これは仮想的なシミュレーションの世界で再現でき、一般的・抽象的な性格を持つために、製品イノベーションであろうと生産工程イノベーションであろうと同様に適用できる理論である。実は、そのために特殊な組織が必要であるという結果もここで取り上げた論文で明らかになっているが、それについては今後別の機会で紹介したい。

 

* Benchmarking: An International Journal、Evolutionary and Institutional Economics Review、『組織科学』に採録。