グローバル経営の極北

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グローバル経営の極北

日系メーカー、米系IT企業を渡り歩いてきた経験をもとにグローバル経営について語ります。Twitter(@nori76)もやってます

仕事の持つ物語性について

 

物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術

物語の法則 強い物語とキャラを作れるハリウッド式創作術

 

この本はとても示唆的。それは単に、創作に役立つ、という側面だけでなく、我々の人生自体が、どういう物語を外面/内面共に選びとって、そこをどう潜り抜けて、何を掴むのか、という構造のもとにあることに気づかせてくれたから。こうした外面/内面の「旅路」における一連の行為自体が人生なのではと最近思っている。

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エッセイも、小説と並んで
最も売れないジャンルの本です。

先週会った編集者さんは
「今はビジネス書ばかりが売れて、純文学やエッセイは、
アマゾンの30位以下にいかないと見つけられない」とも言っていました。

はあちゅう - 即効性コンテンツと遅効性コンテンツ - Powered by LINE

はあちゅうが「編集者から最近はエッセイは売れない、とにかくビジネスものしか売れないと言われて(エッセイがある好きだから)残念」と話していたのが印象に残っていて、これは、ビジネスが、物語の神話的構造を外面/内面共に体現しやすい舞台になっているからではと思っているところ。

つまり、日常から冒険への踏み出し、賢者との出会い、試練との闘い、仲間との協力、死と再生、試練の乗り越えと帰還、等々の神話構造的要素はビジネスに色濃くあるし、例えば長時間労働の問題も、こうした物語に人々が没入するが故に起こるという側面は色濃くあるかと。その意味で、古賀さんのこれはすごく鋭いと思う。

愛の日記 @ Drivemode | ドラクエ人生論 http://yokichi.com/2011/05/post-315.html

 良かれ悪しかれビジネスが我々の人生に占める比重は大きくなっていて、が故に、そこでどんな「物語」を生きるのか、というのが人々の強い関心になっている。ここは結構重要な論点で、いかに長時間労働を是正していくか、男性の育児参加をどう高めていくか、育児への社会的支援をどう深めていくか、といった現在の日本で議論となっている課題も、こうした仕事の持つ物語性への理解がないとうまく進まないかなと思う。

育児とはマネジメントである

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娘は毎日すくすくと育っていて気づいたら1歳半。仕事と育児に追われる生活を続けながら重要な気づきがあって、それは、育児とはマネジメントである、ということ。

多くの人は育児や家事を「作業」と思っている。しかも偏見のある人からすると「単純作業」なのではとすら思われていたりする。でも、実際に育児をやっていると、こういいう考え方がどうもぴんとこない。「単純作業」だとしたらなんでこんなに毎日疲れるんだろうか。

で、改めて考えてみると、育児は意思決定の連続だということに気づく。毎日めまぐるしく状況は変わる。そして、子供の体調が悪い時どう対応すべきか、どの病院が最適か、待機児童の多い厳しい状況のもとで保育園戦略はどうするか、子供が急に泣き出した時どう対応するか、どんな食事を与えるべきか、などなど育児では常に意思決定が求められる。しかも一人目の子供であれば、過去に一度も経験したことないので、意思決定のもとになる情報や経験は限られて、常に手探り状態。

これはまさに「マネジメント」の仕事だ。与えられたリソースは限られているし、手持ちの情報も常に部分的。しかも未来がどう動くかはやってみないとわからないことだらけ。こうした不完全な状況下でも、マネジメントは「意思決定」し続けなくてはいけない。これはまさに育児で求められることと同じだ。

よく、育児や家事は「アウトソース」してしまえばいい、という話が外野からはあがる。これは経営の観点でも一つの真実ではあって、定型業務をアウトソースすることによる経営上のメリットは確かにある。しかし、どの業務をどういった粒度でアウトソースするか、というのはまさに意思決定が必要な部分だし、仮に定型業務をアウトソースしたとしても、その後に残るのは、マネジメントとして意思決定する、という非常に難易度の高い部分。これは育児でも同じ。子供をどういう方針で、どのくらい「限られたリソース」を投入しながら育てていくか。これはなかなか高度な判断を要する。

さらに言えば、うまくアウトソースできたとしても、育児って、結局マネジメントだけでなく細かい実務を同時にどっぷりこなす必要があって、スタートアップを立ち上げた社長みたいなものとさえ言えるかもしれない。しかも、1人目なら、その領域で経験やスキルがないのが普通という厳しい前提。離婚全体の3分の1が子供が3歳までに起こる、というように「破綻」が珍しくないのも起業に似てると言えるのではないだろうか。

「育児とはマネジメントである」この認識が世間に広がるといいなと思う。専業主婦だけでなく共働きであっても、日本は主に女性が育児を担っているけど、それは決して「単純作業」なんかでなく、複雑で難易度の高い「意思決定」を必要とするものなんだよ、と。そして、こういう認識が広がれば、俺ももっとそこに関与していかなくちゃな、と思う男性も増えたりするのではないかとそっと期待する。

 

大丈夫やで 〜ばあちゃん助産師(せんせい)のお産と育児のはなし〜

大丈夫やで 〜ばあちゃん助産師(せんせい)のお産と育児のはなし〜

 

 

いいおかお (松谷みよ子 あかちゃんの本)

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「内面の葛藤」はそれ自体では解けないということ

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この記事で書いたように、仕事も含めて改めて人生の意味みたいなものを考える時期になってて、久々に内省的なモードになっている。仕事ってなんなのか、というのを、未来は全て想像でしかなかった若い頃と違う形で、15年ほどの仕事経験を踏まえて改めて考えなおしているとも言える。

前職で駐在していた時の日本人の同僚で、仕事の理想像を強く持ち、そのビジョンをメンバーにも伝えて組織を鼓舞し、成果の達成に徹底的に拘ることで実績を積み上げていた強いリーダーがいた。自分に厳しい人で、そういう人の常として、他人に求める基準も高かった。僕もその人に幾度となく「詰められて」何度も冷や汗をかいたことを思い出す。

その人がある日突然会社を辞めて日本で独立した。当初は色々と試行錯誤していたけれど、最終的に行き着いたのは、個人の変容を東洋思想的な観点から促す、みたいな「ちょっと精神性強すぎないでしょうか」というような方向での事業だった。ただ、その内容自体がどうというより、そこに至る精神の動きみたいなものは最近なんとなくわかる。米の公開企業が四半期業績をきちんと着地させることに注ぐ力やプレッシャーはものすごいものがあって、そこからの要請で、狂ったように仕事に没入することで学べることや、限界を走る快感みたいのは確かにある。ただ、やはりその延長に何かしらの袋小路を感じてきたのも事実。

そうした外面的な圧力とは別に、僕の場合は、「内面の葛藤」の延長として仕事に狂ったように打ち込んでいた側面がある。それは自分がうまく成果を出せないことへの「怒り」が原動力だったし、他人や状況からのプレッシャーや圧力に正面から向かい合い、自分の「弱さ」を言い訳にせず、それと対峙して一歩も引かない強さを求めていく過程だった。この内面的な葛藤は、幸いのところ、実際の仕事における試行錯誤と鍛錬の結果、30代を通じて一つの解決といえる地点までたどり着いた。一方で、では、仕事それ自体になにを求めるのかと、というのがテーマになってきているのだろう。

内面に抱える課題は内面の葛藤それ自体では解けない、というのが30代に学んだことで、それがよく分かってなかった20代は、そこで完全に隘路にはまっていた。例えば自分の弱さを克服したいとして、その弱さを内面の言語、つまり抽象的な概念で克服することはできない。外面と内面は常に連動していて、外面、ここで言えば仕事という場における課題を通じて内面の課題は浮かび上がり、仕事の課題解決を通じて、それは内面の課題にフィードバックされる。この相互依存性が本当に鍵で、もう少し自分の体験も踏まえながら今後掘り下げていきたいと思う。

「どんな状況でも仕事で成果を出すのがプロ」という主張の危うさについて

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最近のネットは、成功した起業家や、注目企業で成果を出した人のインタビューや記事に溢れていて、そういった人への憧れや、何かを学び取りたいという皆の思いが強く感じられる。それ自体は特に悪いことではないし、学びを得られることも多いのだけど、一つ気になるのは「どんな状況でも仕事で成果を出すのがプロ」という主張がよく使われている点。

職業人としてのプロ意識というのは重要だし、困難な状況に追い込まれながら成果を出せるかはきわめて重要。ただ、経営管理の仕事をしてきた経験からすると、どんなに優れた実績をあげてきた優秀な人も、例えばモチベーションの低下やメンタル面での不調でパフォーマンスは有意に影響される。これはビジネスに限らず、プロスポーツの世界でもよく見られる事象で、例えば欧州で活躍するトップレベルのサッカー選手が、監督との不和、もしくはプライベートでの悩み事、など様々な精神的な理由でパフォーマンスを落としていく事例は多い。

私のいる外資系ハイテクの競争的でタフな環境で生き残ってきた役員クラスでも、新しい組織を担当した時に、配下のマネージャー達をうまく方向付けできず、彼等からの不満や反発などが強まることで、自信を失ったり焦りが生じ、その結果として期待された成果が上がらず、それがさらに自信を失わせる、という負のスパイラルにはまり込んでしまう例は多く見てきた。

また、仕事で成果を出してきた人というのは、必ず自分の中に成功モデルを持っている。逆に言うと、そのモデルがうまくはまらない状況では、モデルへの依拠が足枷になる場合も多い。成功モデル、はどんな状況にも普遍的に当てはまるものではないのに、成功したイメージを捨てきれず、モデルがうまくはまらない、前提の異なる新しい状況にもそれを適用しようとして泥沼にはまっていく。

例えば、外資系の日本法人には本社側から外国人の経営層が送られてることも多い。その際に米国以外での実績や経験に乏しい役員は、ビジネスの構造や文化が全く違う日本市場や組織に、米国での成功体験を「そのまま」持ち込もうとして、激しい反発を受けて成果を出せないケースがよくある。

外資系を生き延びているうちに学んだのは、自分の成果は所詮状況に依存している部分が大きいということ。事業の状況、与えられた役割、上司のタイプ、ステークホルダーとの関係。こういう多様な要素のもとに自分の成果もかなり規定されてくる。

ビジネスでは一人で成果を出すことは不可能で、周りが自分を信頼してくれてお膳立てをしてくれているから成果を出せるのに、「どんな状況でも仕事で成果を出すのがプロ」という「プロ信仰」に固執して潰れていく人はとても多い。圧倒的な「プロ」であるメッシですら代表ではクラブの時ほど活躍できないように、どれだけ優れた人も、周囲との関係性の中で個のパフォーマンスは決定されてくる。

もちろん、組織からの同調圧力が強く「個」を発揮することを躊躇いがちな日本の文化において、強い個としてのプロ意識を持って主張することはもっと求められるとは言える。ただし、プロがより高いレベルでパフォーマンスを出すには、改めて冷静かつ客観的に、自分の成果は外部の様々な要因に規定されていることを認識するのは重要と思う。

なんであんなに仕事に熱中してたんだろうか?

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育児をしていると、自分の人生観みたいなものが組み替えられていくのを実感する。今年1年は、仕事より育児・家事の比重が間違いなく高かったのだけれど、そういう生活を続けていると、24時間仕事のことばかり考え、毎日少しでも経営を良くするにはどうしたらよいかと格闘していた時のことが随分遠くに感じられる。

特に前職は、売上数千億円の事業のターンアラウンドという要素が大きく、細部まで張り巡らされた経営管理の仕組みを精緻に動かしながら、本社から求められるきわめて高い数値目標を狂いなく出していくことが必要だった。経営陣からのプレッシャーは非常に強く、重要な経営数値についてCOOとCFOに詰められる夢を何度となく見た。夜中に絶叫して起きたことも何度かある。

それでも、そういう生活は充実感も伴う。与えられた課題の本質的な部分、作動する原理や働き方を、データに入り込んでいくことで分析し、そこから論理的に導き出される解決策を設計していく。論理性だけでなく、組織に流れる感情や政治力学にも配慮し、さらに施策を練りこんでいく。こうした没入を経て思ったような成果が出ると、大きな達成感に包まれたことをよく覚えている。

この生活は娘が産まれて一変した。育児や家事に物理的に時間が取られる以上に、精神的な部分での変化が大きい。自分が想像していたよりはるかに、育児というのは心配事が多い。保育園に通いはじめると子供はすぐ病気になるし、目を離したすきに事故になるのではと気が休まらないし、寝ている間になにかあったらどうしようと不安を常に感じる。などなど、精神的な負荷は思ったより高く、結果として、そのモードから仕事へ頭を切り替えることがなかなか難しかったりする。

そういう生活が続くと、あれっそもそもなんで俺はあんなに仕事に熱狂的にのめり込んでいたのだろうと思う。数字の達成に全力を傾け、少しでも妥協した仕事をした人がいれば怒鳴りつけ、最後の最後まで執念を燃やしながら成果を出すことに拘る。そういった没入や狂気と共に毎日を過ごしていた日々はなんだったのだろうか。

保育園に迎えに行くと、こちらを見つけた娘がニコニコしながら、よたよたとこちらに向かって歩いてきて、両足にぎゅっと抱きついてくる。鼻水を取りに行った耳鼻科で、膝の上にちょこんと乗った娘に絵本を読んであげていると、こちらを見上げてにこーと微笑みかけてくる。疲弊と心配、そして幸福を行ったり来たりしながら、自分の中で人生のステージが切り替わっていることを毎日感じる。

経営陣が現場で泥まみれにならずに「日本的経営」なんてできないのでは

僕は小売業には明るくないけれど、このインタビューは経営のあり方について示唆を与えてくれる。

まず、玉塚氏がIBM時代に柳井氏に「説教」されたと語るところ。

【玉塚】君は何をやりたいんだと言われました。僕が本当にやりたかったのはコンサルティングではなく経営。それを見抜かれたんでしょう。柳井さんはこうおっしゃったんです。経営や商売というのは、自分のなけなしの金で場末に店を出して、一生懸命考えることから始まる。誰も来ないとする。どうして誰も来ないんだろうと考える。店が暗いのか、他の店よりも価格が高いのか。試行錯誤して、お客さまに来てもらえるようになったとしても、何も買わずに出ていく人もいる。そのうち自分の手元のキャッシュが減っていき、胃が痛くなる。そういう経験をし続けない限り、MBAを取ろうが、コンサルティングをやろうが、商売人、経営者にはなれない。

そして、震災の時のこんなエピソード。

【玉塚】最初の震度7の地震が起こったのが4月14日でした。ローソン本部からまず200人を派遣しました。土曜日の朝、16日に東京で対策会議を開いていたんですが、テレビ会議では現地のことはわからない。そこで翌日、私も道路が通じていた鹿児島から4時間かけて熊本に入りました。

【弘兼】トップ自らが現地に入った。

【玉塚】被災地の現状、温度感を知ることは大事。トラックを走らせる、航空機で空輸するという指示を出さなければなりませんからね。

【弘兼】熊本は地形的に周囲から物資を運ぶのに渋滞しがちだとか。

【玉塚】今回は東日本大震災のときと違って、製造拠点が壊滅的な被害を受けたわけではありませんでした。周囲には商品があったので、いかに効率的にお店に届けるかが一番のポイントでした。現場の状況を判断してパンを東京から二度空輸しました。

【弘兼】現場でトップが適切な判断ができれば強い。

【玉塚】オーナーの方は泥だらけになって、店を復旧しようとしておられた。そこで感じるものってありますよね。できる限りの加盟店さんを回りました。現場に張り付いている社員も徹夜でした。

これを読んで前にツイートしたことを思い出した。

日本を「代表」するとされる伝統的な大企業がここ20年苦戦している例は多いけれど、経営の仕組みは欧米的にしつつ、終身雇用はじめとした「日本的経営」を温存、みたいなパッチワークでやろうとしているところに問題があるのではないか。本当の意味での「日本的経営」を貫徹するなら、兆円規模の会社になっても、経営陣が現場で汗かいて、真剣にメッセージを伝えて、従業員やその家族のためになることを嘘なく実行する、などが必要になってくるはず。

そういう経営は、この規模の大企業ではできないからとかいって、自分は個室で運転手つきで、欧米的に上がりつつある報酬を貰いながら、反発を恐れて事業撤退もリストラもできなくて、形骸化した終身雇用モデル維持してるなら、そりゃ企業の活力は失われる。従業員はみなそういう経営陣のあり方の嘘や情けなさをよく知っているはずだから。

経営陣で考え抜いた末に日本的経営モデルを守ると決めたなら、経営陣は徹底的に現場で従業員と泥まみれになってお客様のことを考え、社内に向けては従業員が目標に向かって、真剣かつ楽しく働けるような仕組みを毎日必死に考える。こういうことを実行するのでなければ、どうやってもうまくいかないだろうと思う。そこまでやらずに、日本的経営を守る、みたいのはないのではないか。

玉塚氏の経営が実際どういう形で「現場」から受け止められているかはわからないけれど、「日本的経営」という幻想にとらわれずに、改めて「商い」の原点に立ち返ることの重要性を思った。

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

 

 

ネガティブな人こそ組織に必要かもしれないわけ

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 今日はエンゲージメントに関するHBRの記事をご紹介。

従業員のエンゲージメントの強さがパフォーマンスを高める、というのは、アメリカの経営まわりでは最近よく見かける考え方。それに対しこの記事は、確かにエンゲージメントは重要だけど、そんなに単純な話でもないよ、ということを論じている。

例えば、Googleの研究は、オープンで安心できる文化、明確なゴール、強い目的意識が存在すること、の3つがチームがうまく機能する要因であることを明らかにした。

他にも、リーダーの判断や意思決定が、エンゲージメントよりも、チームや組織のパフォーマンスに影響していることを示した心理学の研究も紹介されている。時に「暴君」となるスティーブ・ジョブズやジェフ・ベゾスがきわめて強い組織を作り上げていることがよい実例と言える。

こうした見解を踏まえつつ、この記事ではエンゲージメントを高めようとする時に注意すべき4つの点を上げている。

現状を守ろうとしてしまう

 メンバーが自信を持っていて、強く動機付けされている「エンゲージメント」の高い組織は、実は新しいやり方に抵抗を示す傾向を持つ。例えば、この研究は、自分に自信のある人ほど現状に甘んじてしまい、逆に現状にストレスや不満を感じている人ほど、新しいブレークスルーを生みやすい、ということを明らかにしている。記事中では、Nokia, Kodak, Yahooを例としてあげているけれど、確かにビジネスにおいても、強い技術やビジネスモデルで、強固な基盤を築いた企業が、産業の変化についていけなく衰退していくのは、「イノベーションのジレンマ」でも論じられている通り。

従業員が燃え尽きてしまう

エンゲージメントの高い組織では、従業員は仕事に深く入り込んでいる。しかし、この研究が示すように、過度に仕事にのめり込むことが、家族との関係や健康を壊してしまう。組織への忠誠心が高く、仕事をきちんとこなすことへのモラルも高い日本ではよく見られる光景。短期的には業績向上に役立つケースも多いけれど、長期的には組織を疲弊させ、結果として業績悪化に繋がる場合も多い。

前向きな人ばかり集めてしまう

これは面白いポイント。組織がエンゲージメントを意識し過ぎると、仕事に前向き、性格がポジティブ、コミュニケーションが得意、といったタイプの人ばかりを重用しがちになる。例えばこの研究では、ホテルのフロントやレストランの従業員が、自分の仕事が好きで誇りを持っている人ほど高い顧客満足度を得る傾向があることを示している。確かに企業はそういうタイプの人をできるだけ増やしたいと思っているだろう。

一方で、上記したように、現状に不満を抱えている人ほどブレークスルーを生み出す、というケースもあり、組織全体でエンゲージメント向上に適した明るく外交的で、自分の仕事が好きな人ばかりを集めればいいとは言えない。役割に応じて従業員の多様性を担保することが重要になってくる。

ネガティブの価値を軽視してしまう

 これも3つ目のポイントに関連した面白い点。この研究は、ネガティブなムードにある人のほうが、ポジティブなムードの人より、粘り強く作業し続けることを明らかにしている。また、適度にストレスを与えられた人のほうが、目的達成のために、集中して仕事する傾向になる結果として成果をあげられる、ということも別の研究が示している。これは確かに経験からも頷けるところがあって、必ずしも人当たりは良くないし、よくネガティブなことを言うけれど、仕事ではそういう性格が、高い作業品質の確保、納期の厳守、組織への適度な緊張感の植え付け、などに繋がって実績をあげている人はよく見る。

以上4点とも現場の経験からも頷けるところがあって、組織を運営する上での頭の整理にはなかなか有益と思う。こういった「心理学」の要素を組織の仕組みづくりに具体的にどう反映していくか、というのは今後ますます焦点があたってくるだろう。

 

産業・組織心理学エッセンシャルズ

産業・組織心理学エッセンシャルズ

 

 

職場の人間科学

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