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【ネタバレ注意】「かくかくしかじか」が解毒する「自分さがし」という宿痾

(ネタバレ含むのでこれから作品読みたい方は気をつけて下さいね)

「東京タラレバ娘」を読んだらとても面白かったので、その勢いで「かくかくしかじか」も読んだ。これは素直に名作と思う。一番印象に残ったのは、アキコが「先生がいないと私達みんなダメなんだよ。みんなただのクズなんだよ」と泣きながら語るところ。

「自分探し」というのは、いまを生きる人の宿痾のようなもので、みな多かれ少なかれ人生において「自分らしさ」というやつを追求しようとしてしまう。でも残念ながらこの追求はどこにも行き着かない。なぜなら、「自己」というのは、それ自体で存在するものでなく、他者との関係性によって規定され、浮かび上がってくるものだから。

アキコのセリフが泣けるのは、彼女がこのことに改めて気づき、素直な気持ちを吐露しているから。漫画が描きたい、なんとか売れたい、こう願って先生のことを忘れて東京で仕事にのめり込む作者。でも、彼女は先生の死に触れて、自分の存在が先生との関係を通じて構築されていることに気づく。師匠である先生が最後まで言い続けた「描け」という激を通じてこそ、漫画家としての彼女の存在が立ち上がるのだということを。

「実存は本質に先立つ」のではなくて、我々の主体は関係性(システム)によって規定されているのだと構造主義は主張し、サルトル(実存主義)の息の根を止めた。けれど、我々の社会では、いまだに自分探しによって「ほんとうの自分」にいつか辿り着くのだ、という神話が流通している。その先は袋小路でしかないのに。

「かくかくしかじか」は、竹刀を振り回し、怒鳴り続けながら、自己の存在を常に相対化し続けてくれた先生によって「自分」が存在しているんだ、ということを描き切り、こちらをみごとに解毒してくれる。清々しい名作だと思う。

 

かくかくしかじか コミック 全5巻完結セット (愛蔵版コミックス)

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