グローバル経営の極北

グローバル経営を考える「素材」を提供します

誰もが「自分」株式会社のオーナーである

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人生を、自分の労働力を「商品」とする「事業」と捉えて、自分はその「自分」株式会社のオーナーであると考える。これで人生に対する捉え方はだいぶ変わってくる。この考えを持てるようになってから、個人的には不毛な悩みを抱えることがだいぶ減った。

持ち家か賃貸か、サラリーマンか起業、フリーか、みたいな人生の選択は、事業と同じで単一の答えがあるわけではない。自分はどんな事業を推進したいのか、その時の事業環境はどうなのか。ビジネスを回す上で不可欠な検討を「人生」に持ち込むことで、過剰な思い込みで空回りしたり、逆に全てにシニカルになってしまうことを防いでくれると思う。

例えば、年収は売上、持ち家は資産、住宅ローンは負債と改めて認識すれば目が覚めるし、現金がどれだけ強くてキャッシュフローがいかに大事かも身にしみて分かる。

自分自身の人生が「事業」だから、例えば、サラリーマンか起業か、という話も2者択一でなくて、どの事業から「売上」をあげるか(収入を得るか)、という事業セグメントの話になってくる。繰り返すが自分は労働市場における「商品」である。なので、売上、つまり自分にとっての収入を最大化(最適化)する市場を探すことが最も重要なのであり、その手段としてサラリーマン、フリーランス、起業などからどれを選択するのは、「人生」というビジネスの事業戦略に拠る。

さらに、企業価値が「その企業から将来生み出されるキャッシュフロー」によって決まってくるように、人生という事業もこの観点から考えると色々整理される。Cash is Kingなのであり、毎月現金で安定的にキャッシュが入ってくること(=給与)はなにより事業の価値を高めてくれる。一方で、現在だけに拘泥していては将来のアップサイドは望めない。これもまた事業と同じように、現在は投資フェーズなのか刈り取りフェーズなのか、ときちんと考えて、教育などの投資を自分にも惜しみなく行わなければ、人生という事業は将来にわたってしぼんでいく。

また、自分の人生も経営と同じように、常にリソース(資源)制約があり、その制約のもとで意思決定をし続けなければならない。やたらと事業の多角化を図り、結果として稀少なリソースをうまく集中できずに事業を失速させてしまう起業家のように、人生においても色々な可能性を模索して結局どれも中途半端になる人は多い。限られたリソースのもとでいかに適切に意思決定するか。人生という事業でもこれが決定的に重要になってくる。

仕事でも疲れてるんだから、なんで人生をそんなビジネスみたいに捉えなくちゃならないのよ、と思うかもしれない。ただ、人生においては自分が「社長」として決断、実行できる。個人的にはこれほど面白いことはないといつも思っている。

「伝統」の持つ合理性と面妖さ~おっさんをバカにするだけでは世の中変わらない

安倍政権の保守傾向に対する批判の意図もあり、最近こういった言説が主にリベラル系の論者から出てくる。

みんなが「伝統」と思っているものは、実は最近作られた常識にすぎない、というのは社会科学において頻繁に使われるロジック。例えばフーコーは「狂気の歴史」において、ルネサンス期には社会に肯定的に包摂されていた「狂人」が、近代に入り、社会から排除、隔離されていった様子を描き出した。また、フェミニズムは、家父長制度が近代産業社会に入り強固となった「制度」に過ぎないことを示し、それを絶対的価値観とする男達を激しく批判した。また、網野善彦は日本が「伝統的」に農業国家であるという常識を批判し、中世の商人や手工業者、さらには遊女やアジールなど共同体の外で生きる人たちを活き活きと描き出した。

個人的にも大学時代これらの言説に触れて、「伝統」や「常識」を鮮やかに批判する手さばきに感動し、喝采を上げたのを覚えている。

一方で、職業人として15年ほど経験を積んだ今はこうも思う。

 例えば、夫婦別姓に反対する年長世代。日本企業において終身雇用、年功序列をやはり良しとする50代。これらの人たちを今の若い人やリベラル的立場から社会批判する論者は揶揄するだろう。しかし、ある集団に属する人たちが何かの「信念」や「常識」を持っているとき、それを外から虚構だと批判しても多くの場合なにも変わらない。

なぜなら、以下のツイートで書いたような理由があるから。

例えば、青木昌彦がその制度論で描き出したように、日本企業の「終身雇用制度」は戦後復興から高度経済成長期において競争力の源泉だった。もちろん、今は競争環境が大きく変化を遂げており、「終身雇用制度」が必ずしも合理的な制度と言えない。一方で、全ての産業において非合理とは言い切れず、例えば、日本の部品、素材メーカーが長期に渡りR&Dに投資し、依然として世界でも競争優位を保っているのは、間違いなく長期雇用という制度が支えている。

日本の伝統の名の下に、安倍政権下で危険な動きがあるのは事実。それに対する批判は必要だろう。一方で、「伝統」を信じている人たちにも、それを支える固有の「論理」や「合理」は必ず存在する。進歩的、と思われる見解の「論理」が必ずしも絶対でなく、あくまで限定的な仮定を置いたモデルに過ぎない、という冷徹な見極めが求められると思う。青木昌彦がその著作で「終身雇用制度が日本で「常識」でなくなるには3世代くらいかかるのでは」と述べていたように。

 

狂気の歴史―古典主義時代における

狂気の歴史―古典主義時代における

 

 

家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫)

家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫)

 

 

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))

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青木昌彦の経済学入門: 制度論の地平を拡げる (ちくま新書)

青木昌彦の経済学入門: 制度論の地平を拡げる (ちくま新書)

 

 

フルタイム2馬力がなかなか実現しない日本~世帯年収の引き上げをもっと意識すべきでは

 こんなツイートをした。

これに対して2馬力でなく1.5馬力が現実的ではとのリプライを貰った。

 ただ、1.5馬力というのは既にかなり実現している。以下の統計を見ると共働き世帯数は専業主婦世帯数を1996年に抜き、その後も順調に伸びて2014年度で1,077万世帯に達している。一方専業主婦世帯は減り続け14年度で720万世帯となっている。

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出典: 専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移  http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/qa/a07-1.html

 しかし、共働きが増えたといっても、女性の多くはフルタイム(正規)の雇用でなく、パートタイムが依然多い。以下は平成23年度のデータだが、どの年代を見ても妻の就業率のうち正規雇用率は14-16%に留まる。つまり、2馬力でなく、1.5馬力が主流と言える。

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出典: http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2013/201312/201312_08.html

 

この結果として、共働き世帯比率は増えているにも関わらず、1世帯あたりの平均所得は以下のグラフのように、児童のいる世帯でも平成8年の781.6万円をピークに一貫して減少を続け、平成25年では696.3万円となっている。日本で不況が状態化し夫の年収が上がらない、もしくは下がっていく、という状況となり、妻がパートタイムでそれを支えるという構図が見て取れる。

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出典: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa14/dl/03.pdf

共働き世帯がこれだけ増えながらも、扶養控除の103万円の上限といったインセンティブ設計の課題、保育園の未整備、妻に偏りがちな家事・育児、依然残る終身雇用制を前提とした人事評価制度、など様々な要因を背景にして、日本ではフルタイム共働きはまだ少数派の状況。安倍政権および日銀は企業への賃上げを促しているが、フルタイム共働きを増やし「世帯年収」を上げていく方向に制度設計することを是非検討して欲しいと個人的には思う。

この問題については、「仕事と家族」が国際比較なども交えて日本の労働市場の問題点に触れており参考になる。

 

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)

 

 

世界中の名門大学の講義を無料で受講できる素晴らしいCourseraの世界

Courseraは無料でアメリカをはじめとした世界中の有名大学の講義を受講できる素晴らしいサービス。いい講義を見つけると登録して、つまみ食い的に空いた時間に講義ビデオを見ている。どれも実際に大学で実施されている授業をもとにしているので、講義内容はよく構造化されており、その分野について一通り学ぶことが可能。いくつか気に入ったものをご紹介。

まずはMBAランキングでも常にトップレベルを争うペンシルバニア大学ウォートンスクールの基礎(Introduction to)講義について。MBAでまず習うマーケティング、ファイナンス、オペレーションそれぞれについてコースがある。

Introduction to Marketing by Barbara E. KahnPeter Fader

マーケティングの基礎。5週間の講義でBranding, Customer Centricity, Go To Market Strategy, Applied Marketingについて。

Introduction to Financial Accounting  by Brian J Bushee

財務会計の基礎。4週間の講義でBalance Sheet, Income Statement, Cash Flows, Ratio Analysisについて。簿記の基礎レベルから始まるので初学者にはいいかも。

 Introduction to Operations Management by Christian Terwiesch

オペレーションの基礎。4週間の講義でProcess, Productivty, Qualityについて。いかにも「オペレーション」といった感じの教授。

Introduction to Corporate Finance by Michael R Roberts

コーポレートファイナンスの基礎。4週間の講義でTime Value of Money, Interest Rates, Discounted Cash Flow Analysis, Return on Investmentについて。私は未受講だけど、さっと見た感じでは他科目と同様よく練られていそう。

ちなみに、Courseraも有料モデルを模索していて、いくつかの講義をカテゴリーで整理して課金するモデルもある。このウォートンの4講義をバンドルしたものは、Solve Real Problemsというタイトルで提供されている。

ウォートンと並びMBAトップ校のノースウェスタン大学ケロッグスクールのオペレーションについての講義もある。

Scaling operations: Linking strategy and execution by Gad Allon, Jan A. Van Mieghern

これはとてもオススメ。オペレーションのフレームワークが紹介され、それをもとに、例えばシャープの堺工場への1兆円投資など具体的な事例を分析しながら、オペレーションにおける戦略と実行のモデルを学べるようになっている。オペレーションは経営の上で基礎となる部分なので、広く経営に携わる人にとって有益かと。

次に経営戦略について。

Foundations of Business Strategy by Michael J. Lenox

このヴァージニア大学の講義は良かった。7週間の講義。ポーターのFive Forceからはじまり、Firm Capabilities, Competitive Positioning, Firm Scopeと続く。それぞれの経営戦略モデルの概観を事例を使いながらうまく説明していて分かりやすい。

 このヴァージニア大学の経営戦略に関する講義もBusiness Strategy Specializationとしてまとめられている。

Steer Your Business to Success by University of Virginia 

このバンドルは、上記で紹介したFouncations of Business Strategy以外にAdvanced Business Strategy, Business Growth Strategy, Strategic Planning and Executionの合計5講義をバンドルしている。なお、このバンドルのページからだと有料講義しか選べないので、それぞれの講義を検索すると無料講義を受講可能。

次は経済学。

経済学については私は受講したものがないのだけれど、こちらについてもイリノイ大学アーバナシャンペーン校の講義がバンドルされたものがあるのでご紹介。ちなみにこの大学は私が交換留学した大学でとても懐かしい。ど田舎にあって周りにはなにもないけれど、授業の質は高くとてもいい大学。

Business Tools for Successful Execution by University of Illinois at Urbana-Champaign

ミクロ経済学とマクロ経済学の講義をカバーしており、ミクロはConsumer and Producer Behavior, Markets and Allocations, マクロはMacroeconomic Variables and Markets, Policies, Institutions, and Macroeconomic Performanceの各講義。あとは統計の講義もある。

次にデータサイエンス。

今注目の領域なので充実している。これもData Science Specificationとしてバンドルされたジョンズホプキンス大学の講義がある。

Launch Your Career in Data Science by Johns Hopkins University

こちらは充実の9講義。The Data Scientist’s Toolbox, R Programming, Getting and Cleaning Data, Exploratory Data Analysis, Reproducible Research, Statistical Inference, Regression Models, Practical Machine Learning, Developing Data Products。この中でRの講義をさらっと見たけれど、基礎からきちんと教えてくれる感じで有益だった。

これ以外にもたくさんあるけれど、名門スタンフォード大学の機械学習の授業もある。未受講だけれど是非きちんと受講したい講義。

Machine Learning by Andrew Ng, Stanford University 

MBAや経済学に比べるとロースクールの授業は少ないのだけれど、Twitterで紹介したネゴシエーションの授業はとてもよい。

Successful Negotiation: Essential Strategies and Skills by George Siedel

ミシガン大学ロースクールの教授によるもので、非常によく練られた構成で交渉の基礎から理論、実践まで学べる授業。教授の説明も簡潔で分かりやすく、また癖のないゆっくりした英語で講義してくれているので、語学の勉強の意味でもよい。自分の仕事ではネゴシエーションのスキルは鍵なので、その点においても実践的でとても参考になっている。

以上主にビジネス、経済、データサイエンス系についてのご紹介。これ以外にも、自然科学、社会科学、人文科学全ての領域でどんどん講義が追加されているので本当に素晴らしい。きっちり講義のビデオを全て見たり、テストを受けたりしようとすると、社会人は時間の制約もあり難しいけれど、シラバスを眺めて、面白そうな講義ビデオを見るだけでも参考になる。

 

「内発的動機」の強さがパフォーマンスを決める~ストレスといかに対峙するか

社会人経験を積めば、内発的動機の強さがパフォーマンスを決める、というのは誰もが気づくこと。学歴が高くても、この部分が弱いが故に、大事なところで逃げたり粘れずに成果が出せない人は多い。

なぜ内発的動機の形成が大事かといえば、なぜ仕事をするかなんて実は自明じゃないから。目の前の仕事に向かい合う動機を自分の中にきちんと作れなければ、例えば修羅場で逃げずに立ち向かえるわけがない。その動機は、金だろうとプライドだろうとなんでも良いけど、内側から自分を支えてくれる「コア」の信念がないと厳しい。

特に、椅子取りゲームの様相を呈しつつある今のビジネスでは、仕事において強いストレスを受けることは避けられず、ストレスをいかにマネジメントできるかが生き残る上で非常に重要。このストレスマネジメントの観点からも、内発的動機づけの形成が鍵になる。理不尽な状況に置かれてもそれをうまく内面で捌いていけるか。学生時代に部活動などでこのスキルを身につける機会がなかった場合は、社会人になってから仕事を通じて身につけていく必要がある。ただストレスマネジメントの方法論は一般にはよく知られていないし、体系的に習得する機会もなかなかない。

例えば、親から言われるがままに育ってしまうと、社会人で潰れるリスクは格段に高まる。仕事は他者からの圧力やストレスをどうこなすかが肝なので、それに打ち勝つための内発的動機がきちんと形成されていて、その使い方に習熟していないとすぐ潰される。

一方で、この内発的動機づけの形成、それによるストレスマネジメント、というスキル獲得を難しくしているのは、できる人から見たらなぜ他の人ができないのかよくわからないところ。できる人は手法として自覚していなくても、うまくストレスをさばくことができる。で、できない人を潰したりする。

メンタルヘルスを壊す可能性は今や職業人にとって最大のリスク。抗鬱剤の投薬は対処療法に過ぎず、認知療法などのカウンセリング的手法を取り入れて、ストレスマネジメントを身につけないと、仕事で必ず発生する高ストレス状況のたびに逆戻りとなる。経営の観点からも、せっかくスキルや経験を身につけた社員が潰れていくのは大きな損害。今までの能力育成は主に業務に関するハードスキルが主眼だったが、今後はストレスマネジメントの能力育成、といったソフトスキルの育成が長期的な人材活用のキーになってくるのでは。

 

ストレスマネジメントには「認知療法」の手法は役に立つ。その関連書も多く出ているが、以下ご紹介。

 

ストレスマネジメント入門 (日経文庫)

ストレスマネジメント入門 (日経文庫)

 

 

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

 

 

「怒り」のマネジメント術 できる人ほどイライラしない (朝日新書)

「怒り」のマネジメント術 できる人ほどイライラしない (朝日新書)

 

 

「IBMグローバル経営層スタディ」からの示唆~テクノロジーが変える現代の経営(1)

昨年11月に公開されたものだけれど、IBMが定期的に実施している経営者層へのインタビュー調査の2015年版についてのご紹介。2003年から実施されている調査で、過去はCEO Study, CFO Studyなど役割に応じた調査だった。2013年からは全ての経営者層(CEO, CFO, CHRO, CIO, CMO, COO)に対して同時に実施する形になっている。今回の2015年のものは、70カ国以上、21業界にわたる5,247名の経営者を対象に実施された。ここまで大規模な経営層へのインタビュー調査というのは他になかなか存在せず、IBMの幅広い業種と経営レイヤーに対するリーチの深さを示している調査といえる。

全体を見渡すと、「破壊的企業」の脅威、デジタルによる顧客接点の強化、クラウド、アナリティクス、IoTといった新技術による事業変革、経営の意思決定におけるデータ(コグニティブ)の活用、パートナーシップやプラットフォーム構築の重要性、など現代の経営においてキーとなるテーマについて経営者層の回答が整理され、それに対するIBMによる適切な分析、まとめ、提言がなされており、以前の調査に比べても見通しのよいものになっていると感じた。

各テーマについて調査結果をもとに見ていくことにする。まずは、「「破壊的企業」の脅威」について。

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この結果が示すように「他業界」からテクノロジーをレバレッジする形で既存の産業のルールを変更し、既存企業を脅かす「破壊的」存在に対して経営層の警戒感は増している。「ウーバー症候群」という言葉も紹介されているが、まさにUberがタクシー業界の構造を劇的に変えていったように、今やどの産業も、同じ産業内の競合だけを見ていればよい時代は終わり、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」で素描された「破壊的」プレイヤーの存在に注視する必要がある。

「破壊的テクノロジーが、事業の
ファンダメンタルを変える
可能性がある。それがオープンな
形で普及すれば予測できない
影響がでる」
平井 一夫, 社長兼CEO, ソニー株式会社, 日本

 次に「デジタルによる顧客接点の変化」

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アメリカやイギリスでは既にデジタルマーケティング市場はかなりの規模に達しており、デジタルチャネルにおける顧客接点の再設計および強化は着々と進んでいる。特に重要なのはここにもあるように「個客」への対応で、データの蓄積とその活用によるパーソナイラゼーションは、顧客体験の向上とそれに伴うロイヤリティの向上を可能にする。データサイエンスとマーケティングが交接し、そこにデザインやクリエイティブという要素が加わることで、新しいマーケティングの形が生み出されてきており、今後もここは経営における最重要課題の一つと認識されるだろう。

下図はアメリカのデジタルマーケティング支出の実績(14年)と15-19年の成長予測。既に6兆円を越える規模になっており、19年には10兆円以上まで拡大すると予測されている。

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Source:  http://www.statista.com/statistics/275229/us-interactive-marketing-spending-growth-from-2011-to-2016/

この巨大な市場を狙ってソフトウェアベンダーも激しい戦いを繰り広げている。Gartnerから発表された最新のMagic Quadrant for Digital Marketing Hubは以下の通り。Adobe, Oracle, Salesforce, Marketoが「リーダー」として位置づけられている。一方で、どのベンダーも、データベースのOracle, ERPのSAP, CRMのSalesforceのようにカテゴリーの代名詞となるところまで突き抜けてはおらず、その市場規模の大きさを考えると、今後数年は各社つばぜり合いが続くと思われる。

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少し長くなったので、残りは次回としたい。

 

 

 

日本企業で「グローバル経営」を学ぶチャンスとは

日本経済は依然として非常に規模が大きく、顧客の要望は厳しく競合との争いも熾烈。さらに教育水準も高く、人材の質は平均的に高い。ということで、日本企業に勤めることで、巨大な市場規模と洗練度を誇る日本市場での戦い方を学べる。もしくは、輸出が中心の企業であっても、長期的な視野で顧客と関係を構築していく企業文化から学ぶことは多い。一方で、日本企業では、世界で標準的とされている経営モデルやマネジメント手法を身につけることは結構難しい。この現実をもとに、日本人としてどうキャリアを組み立てていくか。これは自分も常に考えているポイント。

日本企業の経営の相対的な「ゆるさ」は逆にチャンスで、僕がいま日本企業にいたら、海外買収先の管理職や経営陣になれるよう画策する。こういう画策が人づてにできたりするのがいい意味の日本企業の「ゆるさ」。買収先で国際標準の経営にもまれて、失敗をたくさんすると色々学べると思う。ただ、多くの人はこういったチャンスを意識できずに、英会話学校に行ったり、大学院で経営の「勉強」して、「グローバル化」という変な概念に対応しようとする。それはもったいない。

日本企業の、リソース配分の意思決定がモデル化されていない、というのは経営の弱点なんだけど、そのおかげで、事業部長に見込まれてる、くらいの理由で海外での挑戦的な仕事にありつけたりする。これは欧米企業ではありえない。個人としては、大きなチャンス。日経の「私の課長時代」を読んでも、こうした「ゆるさ」から、海外工場の立ち上げ、海外買収先企業の立て直し、などの仕事をある日突然与えられて、悪戦苦闘しながら経営を学んでいく姿がよく描かれる。これは今でも変わらぬ日本企業にいるメリットだと思う。

だから、日本企業だと会社の「花形事業」にいる人が実はリスクが高い。花形事業って、日本企業特有の経営モデルで運営されてることが多いから、グローバル経営に応用効かないやり方覚えてしまうし、いまなら上が詰まってるので若手が挑戦的な仕事やる余地が少ない。また、事業のライフルサイクル的にも花型事業は大抵後期に属しているので、最近のように「破壊的」プレイヤーが常に産業構造を揺るがし、そのルールを変えてしまう恐れがある点もリスク。

個人的には、前職で中国のオフショア開発拠点に駐在していた時に、「グローバル経営」がはじめて腹落ちした。日々の業務や意思決定を通じて、頭だけでなく、体でその構造が理解できた気がする。日本企業の海外企業の買収は今後も増える一方だろうし、従業員にとっては「経営」の最前線で実践的な経験を積むチャンス。この機会をうまく掴めるかは今後のキャリアを考える上でのキーになるだろうと思う。

P&Gの社長交代からグローバル経営を考える

今日はこのP&G日本法人交代の記事について。

toyokeizai.net

この記事自体は踏み込みが浅くあまり参考にならないけれど、このニュースからはIBMなどと同様に、米の伝統的大企業の苦戦の構造が透けて見える。

1. 既存のコア事業のライフサイクルは先進国では成熟期に入っており、売上高成長が見込めず、一方で値下げ圧力や競合との消耗戦で利益維持が徐々に困難に。

2. 一方、ここ数年売上成長を牽引してきた新興国の経済が軟調。期待していた売上および利益が稼げなくなっている。

3. さらに、大型株なので投資家からのプレッシャーは強く、グローバル規模でのコストダウン、「コア事業への集中」を謳った事業売却、期待されるEPSを達成するための自社株買い、などに注力する必要。

4. しかし、3.の施策は株主向けの対処療法で、数兆円規模の事業成長(特に売上高)をどう達成するか、という本質的な課題への解がなかなか見つからない。

私は消費財業界には詳しくないのだけれど、P&Gが研究開発やマーケティングをシンガポールに移したり、社長を外国人にしてガバナンスを強める、というのは上記の課題に対して米グローバル企業が取る施策の典型なので、むべなるかなという感じ。

ただ、私の経験上、こうした施策は各地域でのビジネス拡大という本質的な部分ではあまり機能しない。特にマーケティングや営業などの顧客接点の部分を海外の統括会社で管轄というのは疑問。ファイナンスやオペレーションをグローバルで標準化してオフショア化する、というのと違い、顧客接点の部分については、現地でそこのビジネスに精通した人(日本人であれ外国人であれ)にきちんと権限持たせないとやはりうまくいかないからだ。

例えばIBMは「中興の祖」である椎名氏以来、日本ローカルでの権限を強くし、本社からの介入を最小限に抑え成功してきた。それを00年代に入り「グローバル標準化モデル」と称して営業などの顧客接点の部分に画一的なモデルを持ち込んだことが顧客の離反を招き、一気にビジネスが縮小した。幸い、外国人でありながら現地での顧客接点の強化の重要性を熟知したイェッター氏が、顧客ニーズに沿った営業強化施策を取ることで、再成長路線にのせることに成功した。今では、世界中で売上が縮小する中、日本のみが売上成長を果たしている。(下記表を参照)

IBM 2015 Q3 Revenue by Geography 

f:id:nori76:20160111230605p:plainSource: 3Q earnings presentation:  http://www.ibm.com/investor/att/pdf/IBM-3Q15-Earnings-Charts.pdf

P&Gが内部でどういった仕組みを構築しているかは分からないが、シンガポールからリモートで日本市場を再構築しようとしているならば、かなり厳しいだろうと思う。各地域にどれくらい権限を持たせて経営すべきか?というのは、グローバル経営において古くて新しい、コアとなる論点なので、P&Gの改革の方向性についてもう少し調べてみようと思う。

ちなみに、最後にP&Gの業績について。直近4四半期の売上と純利益率は以下の通り。売上はドル高の影響もあり、四半期ごとに減少。純利益率はQ1 '16でなんとか盛り返しているが、コストダウンでしのいでいる感じ。

f:id:nori76:20160111230950p:plain

Source: Yahoo Finance http://finance.yahoo.com/q/is?s=PG&annual

株価はやはり軟調で、ここ1年で90ドルから75ドル近辺まで落ちている。

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クラウドがもたらす法人向けビジネスの地殻変動

先日書いたブログ記事で、IBMがコンサルティング領域でひとり負けしていることを取り上げた。IBMは、高付加価値分野はアクセンチュア、デロイト、PwCに、価格勝負なところはタタ、インフォシスなどのインド勢に、両面から攻めこまれ苦戦している状況への解が示せていない。そして、一番深刻なのは、彼等が最も得意とし、最も利益を稼いできたインフラ関連のビジネスをAWSに食われていること。(今思えばIBMのお得意さんだったCIAの契約をAWSに奪われたことが象徴的だった。IBMはなんとCIAを訴えた。。)

ガースナー改革を経てパルミサーノが牽引する形で、ハード、ソフト、サービスの垂直統合でIBMは先駆けた。しかし、AWSに象徴されるクラウドベースのエコシステムが業界を席巻しだすと、垂直統合による自社への囲い込みという成功モデルが一転足かせになる。AWSの好調は言うまでもなく、さらに中立の立場でコンサルできるアクセンチュア、デロイトなどが元気なのもこの理由。

で、実は本稿はここからが本題。クラウドを軸にして起きている、より本質的な大きな変化は、BtoB市場でも「ごまかしのない」顧客志向が求められてきているということ。BtoC市場ではだいぶ前に起きた変化が法人向けビジネスでも起きている。一般的に法人向け市場は、投資決定者、つまり経営陣の意向や都合に左右されることが多いし、商品自体も柔軟性に欠ける場合が多い。クラウドの持つ拡張性や柔軟性がその課題を解決しつつあって、実際にツールを使うユーザーに寄り添ったサービス提供を可能にする仕組みが整ってきている。その代表がAWSだし、Salesforce, Adobe, Workday, TableauといったSaaSベンダーもこのクラウドの特徴を活かして、顧客にフォーカスしたビジネスをうまく展開している。

例えば、なぜAWSのユーザーグループにあそこまでの「熱」があるかというのもこの構造変化で説明できる。実際に運用や活用に関わるユーザーに向けてサービスを届ける。BtoCなら当たり前のこのことがBtoBではないがしろにされてきたわけで、だからこそAWSが常識を超える速度で伸びてきている。

なので、IoTもただのバズワードと捉えていると大事なものを見失う。医療、生産管理はじめ今まで情報がオープン化や構造化されにくかった部分に、クラウドプラットフォームに集められたデータをもとにして、顧客志向を徹底したサービスが入り込んでいくと何が起きるか。今まで見落とされていた「ユーザー」主導が法人向けビジネスをIoTの文脈でも変えていくことが予想される。

ハイテク業界に限らずあらゆる企業は「顧客」が重要と言っている。しかし、企業全体の仕組みを「顧客」の要望に徹底的にフォーカスする形で構築している会社はきわめて少ない。その代表選手であるAmazonが法人向け市場でも変革をリードしており、この流れに乗れない企業は淘汰されていくことになるだろうと思う。

きみが戦うのなら、きみは戦えばよい。きみが希望をいだくのなら、きみは希望をいだけばよい。

昔書いていたブログを読み返していて、これを見つけた。大学時代、古本屋でたまたま買ったヴィトゲンシュタインの「反哲学的断章」。奇妙にこんがらがった大学時代、この引用部分を幾度と無く読み返しながら、なんとか生き延びたことを覚えている。

ある人は「これではだめだ!」といって、それに抵抗する。こういう反応から生じるものはといえば、それとおなじくらい耐えがたい状態なのかもしれない。そしてその結果、もっと反抗をつづける力が、使いはたされてしまうのかもしれない。「その男がそんなことをしなければ、こんな悪い目に会わなくてすんだだろうに」とわたしたちはいう。だがいったい、どういう権利があって、わたしたちはそういうのだろう。社会が展開してゆく法則を、だれが知っているというのだろうか。どんなに利口な人にも予測はできないものだ、とわたしは確信している。きみが戦うのなら、きみは戦えばよい。きみが希望をいだくのなら、きみは希望をいだけばよい。
 わたしたちは戦うことができる。希望をいだくこともできる。そのうえ信じることすらできるのだ。しかも、学問的・科学的に信じる必要などは、ないのである。
ヴィトゲンシュタイン 「反哲学的断章」 P161-162

反哲学的断章―文化と価値

反哲学的断章―文化と価値

  • 作者: ルートヴィヒヴィトゲンシュタイン,Ludwig Wittgenstein Vermischte Bemerkungen,丘沢静也
  • 出版社/メーカー: 青土社
  • 発売日: 1999/07
  • メディア: 単行本
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「新卒以下のコンサル」がマネージャーになって思ったこと

日系メーカーから外資コンサルに転職した僕は簡単に言うと使えないコンサルで、そもそもPMの言っていることが分からなかったし、作った資料は「てにをは」から直されるし、お客さんからは怒鳴られるしと本当に悲惨な状況だった。で、そのままコンサルをお役御免になり間接部門に飛ばされた。異動は年の後半だったので、年次評価はコンサル時代のマネージャーが実施することに。付けられた評価は下から2番めの最低レベルで、それはリストラ候補となることを意味する。今思えば仕方ないと振り返れるけど、その時は悔しくて、少し突っかかって説明を求めた。そのマネージャーは普段は温厚だけれど、秘めたるプライドが高い人だったので、こちらの反論に不快感を露わにして言った。

「正直言いますけどね、あなたなんて新卒以下のスキルでしたよ」

この言葉は本当に悔しくて、その後も折にふれて思い出した。その悔しさがあったから異動先でどんなに嫌なことがあっても、歯をくいしばって、結果がでるまでやり続けられたと思う。何年かして、異動先での成果が認められてマネージャーに昇格し、部下を持つことになった。その時改めて思い出したのは、このマネージャーの言葉。この時の彼の言葉と振る舞いは反面教師となって、ああいうことだけは止めようと思った。

だから、メンバーには組織の向かう方向をきちんと示して、頻繁にコミュニケーションを取って、褒めるべき時は褒めて、叱るべき時はきちんと叱って、お互いの信頼関係を深めていくことを何より重視した。今思えば、少し肩に力が入りすぎていたし、全てがうまくいったわけではないけど、何人かのメンバーは見違えるようになった。

「メンバーのモチベーションが高く、目標にコミットしていて、相互のコミュニケーションが深く取れている時に、組織は高いパフォーマンスを出すことができる。」

組織運営の秘訣は煎じ詰めればこういうことになる。そして、これを実現するにはマネージャーが不可欠。でも、多くのマネージャーはメンバーに向かい合い切れない。やたら部下にキレて権力を盾にメンバーをコントロールする人、逆にメンバーを恐れて都合の悪いことが言えずなめられている人。マネージャーというのは本当に難しい。でも、僕が心がけているのは、メンバーとは絶対中途半端な気持ちで関わらないということ。褒めるときも、怒るときも、相手のことを思って真剣にコミュニケーションする。「外資系」的ではないかもしれないけれど、理由もくれずにただ僕を罵倒したマネージャーのことを思い出して、やっぱり自分はこのやり方でいこうといつも思う。

【ネタバレ注意】「かくかくしかじか」が解毒する「自分さがし」という宿痾

(ネタバレ含むのでこれから作品読みたい方は気をつけて下さいね)

「東京タラレバ娘」を読んだらとても面白かったので、その勢いで「かくかくしかじか」も読んだ。これは素直に名作と思う。一番印象に残ったのは、アキコが「先生がいないと私達みんなダメなんだよ。みんなただのクズなんだよ」と泣きながら語るところ。

「自分探し」というのは、いまを生きる人の宿痾のようなもので、みな多かれ少なかれ人生において「自分らしさ」というやつを追求しようとしてしまう。でも残念ながらこの追求はどこにも行き着かない。なぜなら、「自己」というのは、それ自体で存在するものでなく、他者との関係性によって規定され、浮かび上がってくるものだから。

アキコのセリフが泣けるのは、彼女がこのことに改めて気づき、素直な気持ちを吐露しているから。漫画が描きたい、なんとか売れたい、こう願って先生のことを忘れて東京で仕事にのめり込む作者。でも、彼女は先生の死に触れて、自分の存在が先生との関係を通じて構築されていることに気づく。師匠である先生が最後まで言い続けた「描け」という激を通じてこそ、漫画家としての彼女の存在が立ち上がるのだということを。

「実存は本質に先立つ」のではなくて、我々の主体は関係性(システム)によって規定されているのだと構造主義は主張し、サルトル(実存主義)の息の根を止めた。けれど、我々の社会では、いまだに自分探しによって「ほんとうの自分」にいつか辿り着くのだ、という神話が流通している。その先は袋小路でしかないのに。

「かくかくしかじか」は、竹刀を振り回し、怒鳴り続けながら、自己の存在を常に相対化し続けてくれた先生によって「自分」が存在しているんだ、ということを描き切り、こちらをみごとに解毒してくれる。清々しい名作だと思う。

 

かくかくしかじか コミック 全5巻完結セット (愛蔵版コミックス)

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日本企業のグローバル経営移行へのヒント~武田薬品、日立製作所、JT

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金曜の夜なので軽めにインタビューの紹介。武田薬品の長谷川会長、日立製作所の中西会長兼CEO、そしてJTの経営企画部長のインタビューは、日本企業がどうグローバル標準の経営モデルと向かい合うかの好例。「日本人」であることにこだわりすぎること、グロバール経営の経験を積んだ日本人が少ないこと、など共通の課題が浮かび上がる。

【武田薬品】

business.nikkeibp.co.jp

ー 今の武田の舵取りには、ウェバー社長が最適だと考えた訳ですか。

長谷川:そう。それは私がやってもできません。形だけはできるかもしれませんが、彼が今手がけているような実態を伴ったレベルまではできません。私は自分のことを良く分かっていますから。

ー 長谷川会長すらできない。重い言葉ですね。

長谷川:本当に正直なところそう思っています。社長の役割はやはり特別なんですよ。共通の素質とか資質というのはあるけど、企業が置かれている状態によって、特別に求められるものがあります。

 大型新薬の特許切れの中で、いかにして成長のモメンタム(勢い)を失わないようにするか。短期的には買収で補うけど、中長期的に見れば研究開発の生産性を上げるといった手を打たないといけない。そのために必要な人材を全部呼んできたということです。

 私はクリストフを見ていて、自分は経営者として本当に足りないところがたくさんあったなと思っていますよ。

 【日立製作所】

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ー 日本企業がグローバル展開しても、日本人が現地法人トップになるだけでは限界があるというのが、これまでの歴史。そこから脱皮しないと真のグローバル企業にはなれない。

中西:その通りです。日本企業の海外展開の歴史で見ると、まず日本で作って海外に持っていって売るという「輸出型」が中心だった時代は、現地に権限を委譲したり、現地人をトップにしたりして任せる、ということまでは必要性が小さかったのかもしれない。

 しかし今は違うわけですよ。マーケティングから販売、開発や生産、アフターサービスまで、フルバリューチェーンが海外で丸ごと必要になるでしょう。そうなると日本人が海外にのこのこ出かけてオペレーションを全部やろうとするのは無理。経営幹部はほとんど外国人の現地人材になり、立ち上げ時は日本人が経営トップにいたとしても、いずれは現地人材をリーダー格に引き上げる必要性が出てきます。

 昔の日本企業はね、例えば海外に大きい工場を造って、生産機能だけを移して、日本人の製造部長さんが最後の仕上げの仕事と称して海外へ行って、毎日ゴルフをやってたわけですよ(笑)。もうこれじゃ、だめです。

 【JT】

toyokeizai.net

瀧本:どちらかというと、日本本社の組織が、よりジュネーブの組織に近づいていくイメージでしょうか。それとも、現在のどちらの組織とも違う新しいものができるのでしょうか。

筒井:私は、どちらでもないものができるのではないかと考えています。日本側にもJTインターナショナル側にも、それぞれ長所と短所がありますから。

JTインターナショナルは、外資系に近くて、意思決定のスピードが早く、各自のジョブディスクリプションがはっきりしています。一方、日本の場合は、職務範囲の境目があいまいな分、若いうちからいろんな経験ができますし、人の仕事を若干取り込んできても、文句を言われないところがあります。特にJT固有のことかもしれませんが、経営陣と新入社員までの距離が、ジュネーブに比べると比較的近いのも特徴です。

私は、海外で経験したマネジメントスタイルと、JTがこれまで培ってきたスタイルの中間に、何か新しいものが生まれるのではないかと思っています。 それは、ある意味、新しい「日本型経営」みたいなものかもしれませんが、JTを通じて新しい経営スタイルを示せればいいなと考えています。

 

みんな大好きコンサルティング各社の業績を整理してみた

Twitterでもコンサル関連の話題は拡散しやすく、みな興味を持っていることがわかる。そこで、コンサルティング各社(IBM, Accenture, Deloitte, PwC, McKinsey, BCG, Bain & Company)の業績を整理してみた。

まず各社の売上(2014年度)について。*1 *2 IBM, Accetunreがやはり大きく150億ドル(1兆5000億円, $=¥100換算)を超えている。次に続くのが会計系でDeloitte, PwCのコンサル部門はほぼ同じ100億ドル強。戦略コンサル各社はマッキンゼーが83億ドルと飛び抜けている。

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次に売上成長率(対前年比%、USドルベース)。IBMを除く全社が増収。特にDeloitte, PwC, BCGは10%を超える大きな伸び。Accenture, McKinsey, Bainも堅調に成長している。IBMはひとり負けとなっており、全社業績の不振にコンサルティングも引きずられている形。

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続いて、公開企業IBM, Accentureの直近4四半期の業績を見てみる。

まずはIBM。売上高は42億ドルから成長できていない。

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売上成長率(対前年比、現地通貨ベース)でみると全ての四半期で前年比マイナスとなっており、コンサル業界が好調で推移する中で厳しい状況に追い込まれている。

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IBMはコンサル事業以外のソフトウェア、ハードウェアも売上成長できておらず、直近一年で株価も大きく下がっている。

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次にAccenture。直近4四半期は絶好調。まず売上高は38億ドルから44億ドルまで成長し、四半期売上でIBM(42億ドル)を超えた。

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売上成長率(対前年比、現地通貨ベース)で見ると、全四半期で10%以上の成長率と素晴らしい業績。米だけでなく、ヨーロッパ、アジアなど全地域で成長が加速しており健全な状況。

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この好業績を受けて株価も直近一年で堅調に推移している。

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最後に戦略コンサルのネタを。2014年度の一人当たりの年間売上高(年間売上高/(直接)従業員数、従業員数は間接比率5%と推定して計算)を、比較してみた。やはりMcKinseyが一番高く514千ドル($=¥100で5140万円)、BCG、Bainと下がっていくのは事業規模や競争力ときれいに相関していて面白い。

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また、この一人当たり売上高をBillable稼働率70%でざっくり計算すると1時間あたりのBillable Rate(売値)は、以下のようになる。McKinseyで353ドルとこんなもんかなという数字。戦略コンサル業界の価格はあまり知らないので、業界の方教えて下さい。

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*1:IBM, Accenture, Deloitte, PwCは各社IRサイトを参照。戦略コンサル各社はForbesを参照。Mck: http://www.forbes.com/companies/mckinsey-company/ 

BCG: http://www.forbes.com/companies/boston-consulting-group/ 

Bain: http://www.forbes.com/companies/bain-and-company/

*2:「コンサル事業」とした各社のセグメントは以下のとおり。

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グローバル企業はなぜ「従業員重視」に舵をきっているのか?

日本でも、外資系といえばリストラ、と多くの人が思っているように、欧米グローバル企業は年次評価のレーティング(通称パフォーマンスレビュー)を行い、下位10-20%をリストラの対象とする会社が多かった。しかしこの人事評価の仕組みに最近変化が起きている。

例えば、この記事は「パフォーマンスレビュー」をやめて新しい人事評価制度を構築した大手米企業6社(GE, Cargill, Eli Lilly, Adobe, Accenture, Google)の取り組みを紹介している。例えばGEは、ジャック・ウェルチの「下位10%の人材に時間を使うのは生産的ではない」という発言が有名だったが、10年前にその制度は廃止し、現在はマネージャーによるコーチングに比重を置いた人事評価制度に移行している。アドビはやはり一年に一回のパフォーマンスレビューでの評価を廃止し、"Check-In"と呼ばれる仕組みを導入。マネージャーが頻繁に従業員とコミュニケーションを取りフィードバックを返すことを奨励している。

では、なぜグローバル企業はこうした変化を進めているのか?一つには、相対評価とそれに基づく過剰なリストラが、従業員間が協力しあうことのモチベーションを失わせ、それが組織の生産性を落とすことに気づいてきたことがある。

欧米企業の人事評価は相対評価のため、組織の10-20%には必ず低評価をつけなければならない。これには問題があって、たとえその組織全体が非常に高いパフォーマンスを出していても、必ず低評価(=リストラ対象)を一定数つけなければならない。よって、従業員には、組織内で協調しあうよりも、個人として成果を出す方向にインセンティブづけがなされてしまう。これに対し「別に組織で協力しあう必要なんてないんじゃないの?できるやつはできるし、ダメなやつはダメでしょ」という考えもあるが、こうした「スーパースター」信仰が必ずしも組織全体の生産性を高めない、という研究が最近進んでいる。

例えば、2012年にHarvard Business Reviewに投稿された論文"The New Science of Building Great Teams"は、組織の生産性は、組織内および外部との緊密なコミュニケーションによって決まり、特定のハイパフォーマーに依存するものでない、ということを示して話題になった(この論文は12年のマッキンゼーアワードを受賞。非常に面白い論文なので詳細は別記事で紹介したい)。

こうした研究や実際の経験から、最初にあげたように、多くの欧米企業でフィードバックの頻度を高め、従業員のスキルやモチベーション向上、従業員間の協業の推進を狙った新しい人事の仕組みが構築されてきている。また、この文脈ではEQが重視されており、私の所属企業でもマネージャーの資質として最も重要なものの一つとしてEQをあげて、その向上を促している。またGoogleを代表とするハイテク企業はどこも「従業員重視」を掲げており、この潮流はグローバル企業では当たり前のものになっていくと思われる。

では、これらの潮流に対して日本企業はどう対応しているだろうか?富士通の成果主義の失敗、が話題になったように、日本企業では欧米企業が導入した厳しい年次評価に基づくリストラ込みの人事制度、というのを結局導入しなかった。従業員同士の協業の重視、というのは日本企業の伝統で、それは上記した欧米企業の潮流とは同じなのだが、欧米流の「成果主義」を導入しなかったがゆえに、また、終身雇用が依然前提となっているがゆえに、やや弛緩した形での「従業員重視」になっているのではとの印象がある。この辺りは別途論じてみたい。