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今週のおすすめ本 - 1/22~29 「最強の業務改革」「外国語学習の科学」「なぜ人と組織は変われないのか」「How Google Works」他

今週からTwitterで紹介した書籍を中心に毎週ブログでおすすめ本をまとめていきたいと思います。皆さんの備忘録的に使って頂ければ嬉しいです。 

最強の業務改革―利益と競争力を確保し続ける統合的改革モデル

最強の業務改革―利益と競争力を確保し続ける統合的改革モデル

 

 コンサルタントが書いた本はいまや大量にあるけれど、全体の内容が構造化されており、しかも実務への落とし込みの部分まで書かれている本は非常に少ない。この本はその点がきちんとカバーされており、業務改革全体の構造を俯瞰した上で、個別のテーマについて実務上の変革を進める上でのヒントに満ちていて有益。

最強の営業戦略―企業成長をドライブするマーケティング理論と実践の仕掛け

最強の営業戦略―企業成長をドライブするマーケティング理論と実践の仕掛け

 

 こちらもATカーニーの栗谷氏による「営業戦略」についての本。「業務変革」と同様に、よく構造化されているし、セグメンテーション、営業体制構築、価格戦略、営業ケイパビリティ構築、パイプライン管理、など標準的な営業モデル構築に役立つ示唆に富んでいて有益。

外国語学習の科学?第二言語習得論とは何か (岩波新書)

外国語学習の科学?第二言語習得論とは何か (岩波新書)

 

 スポーツと同じように英語の習得にも「科学的」アプローチを取り入れた方が必ずうまくいく。ただ一般向けに書かれた良書は少ない。その点でこの本はとてもよい。第二言語習得の理論を概観しながら、それをどう実践していけば良いか、という皆が一番関心あるところも事例を踏まえて紹介されていく。折にふれて読み返して自分の学習法が合理的か確かめたくなる本。

なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践

なぜ人と組織は変われないのか ― ハーバード流 自己変革の理論と実践

  • 作者: ロバート・キーガン,リサ・ラスコウ・レイヒー
  • 出版社/メーカー: 英治出版
  • 発売日: 2014/09/01
  • メディア: Kindle版
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 こちらは未読だが前から気になっており、しかもKindleセール対象だったので購入。著者はハーバード大学の発達心理学と教育学の教授で、人が変化を拒むのは「意志」の弱さに起因するのでなく、変化から自分を守ろうとする「防衛機制」に起因することを描き出す本。非常に面白そう。

How Google Works

How Google Works

  • 作者: エリック・シュミット,ジョナサン・ローゼンバーグ,アラン・イーグル,ラリー・ペイジ
  • 出版社/メーカー: 日本経済新聞出版社
  • 発売日: 2014/10/17
  • メディア: Kindle版
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 これは別途記事を起こしたい最も読むべき経営本。IT企業にとどまらず、ここに示された経営モデルの要素をどう取り入れるかは経営の鍵になってきている。「ユーザーを中心に考えること」「従業員に自由を与え大切に扱うこと」「計画でなく実行を重んずること」「オープンであることの価値を信じること」など、頭で理解するだけでなく、それを日々の実務でどう実現していくか考えながら読みたいところ。

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール

ウォールストリート・ジャーナル式図解表現のルール

 

 図解表現を指南する本は多くあるけれど、なかなかよい本は少ない。僕が見てきた中ではこの本がベスト。WSJで実際に図表を作成する際のガイドラインやルールが整理されているので、「実践」で使う上での心配がない。ロジカルかつシンプルに図表を作れるか、というのはビジネスにおける核となるスキルの一つなので、この本はデスクに置いて折にふれて読み返したいところ。

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

イノベーションのジレンマ―技術革新が巨大企業を滅ぼすとき (Harvard business school press)

 

 既に経営学の古典と言えるこの本。自分がいるIT業界においても、AWSが10年前には誰も想像できなかったレベルでエンタープライズIT産業の構造を変えており、IBM/Oracle/HPといったIT産業の巨人達は、まさにこの「イノベーションのジレンマ」に陥ることで、AWSの脅威をなかなか本気で捉えられなかったと言える。その観点から丁寧に読み返し始めているのだが、非常に学びの多い本だと改めて痛感。顧客にきちんと向かい合い、製品・サービスの向上に努めるが故に「破壊的」プレイヤーにうまく対応できない、というジレンマはデジタル化が全産業に影響しはじめている今だからこそ考える必要のある課題。

アルゴリズムが世界を支配する (角川EPUB選書)

アルゴリズムが世界を支配する (角川EPUB選書)

 

 こちらも前から読みたいと思っていた本でKindleでなんと301円!83%オフは嬉しい。早速冒頭から面白い感じで読むのが楽しみ。

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版

ファイナンシャル・マネジメント 改訂3版

 

 マネージャーの意思決定を支援する、と冒頭に書かれているように、ファイナンス部門に所属する人だけでなく、経営の意思決定を担う人向けに書かれている点が長所。財務諸表の捉え方、KPI管理の手法、財務計画の立て方、資金調達、DCFなどの投資評価法、など基本が一通り網羅されており、ファイナンス部門に属していないが経営企画、管理を担っている自分にとっては非常に勉強になった。厚めの本なのでKindle版が出ているのも嬉しい。

日本市場って重要なの?: 「外資系企業動向調査」を読み解く

日本における「外資系」企業の動向はなかなか掴みにくいけれど、面白い調査を見つけた。まずは帝国データバンクの「外資系企業動向調査」(概要:企業概要データベース「COSMOS2」に収録されている 144 万社のデータ を基に、外国資本が発行済み株式の 25%以上を所有する外資系企業の動向を調査)

まず企業数について。2013年で3,189社。リーマン後の不景気がまだ尾を引いている2009年に急増してるのが本当かなと思うのだけれど、一応「2008 年は前年までの円安進行にともない海外企業による日本企業への投資環境が改善し、7 兆円を超える対内投資が行われた」という説明がなされている。

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次に売上高別の構成比。1000億円以上は72社とわずか2.3%のみ。500億円以上を入れても4.3%と5%に満たない。最も多いのは50億円未満で全体の76.4%を占める。外資系日本法人は社員数100名いかないところが殆どという印象なので、これも頷ける。

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次に外資系の主要企業の日本法人の売上高。これはとても面白い。本体の決算では地域ごと、特に国ごとの売上を開示するところは殆どないので貴重なデータ。

日産、昭和シェルはちょっと特殊なので置いておくと、一番大きいのはやはり日本IBMで約8,500億円。ただ、最盛期はこの2倍の1兆7千億円近くあったはずなので、この10年くらいは本当に厳しい状況だった。IT系だとマイクロソフトが3,767億円、HPが3,687億円、インテルが3,615億円と続く。サムスンが4,263億円と大きいのは半導体売上かと思われる。

それ以外だと製薬がやはり大きい。ファイザー5,242億円、MSDが3,560億円、サノフィが2,845億円、GSKが2,729億円と世界のトッププレイヤーが軒並み大きな売上を上げている。

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次にこの日本法人の売上高の、全社売上高に占める比率を見てみた。個人的な経験だと外資系は日本法人の売上比率が10%近くなると、かなり「うまくいっている」という感じになる。その基準で言うと、ファイザー(11%)、GSK(8%)、日本IBM(9%)、MSD(8%)、インテル(7%)、マイクロソフト(6%)あたりのITと製薬の巨人達は合格点で、本社から見てもかなり重要な市場になってくる。

一方で、予想通りサムスンは2%と非常に低いし、P&Gも3%とやはり低い。サムスンはスマートフォンはじめとして日本市場では全くプレゼンスを示せてこなかったし、P&Gはこの売上比率だとやはりうまくいってきたとは言いがたい。日本法人にあったマーケティングやR&D機能がシンガポールに移管されていることが最近ニュースになっていたが、むべなるかなという気もする。

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*各社全社売上高はYahoo Financeを参照。日本法人売上高は$=¥100で計算。

ちなみに、経済産業省は継続して毎年同様の外資系企業動向調査を実施しており、そちらにも触れておこう。こちらは最新は2014年度についての調査がある。

まず、集計企業数は3,151社。このうちヨーロッパ系企業が最多の1,399社で全体の44.4%。前年比プラス0.3%。次にアメリカ系企業で843社、全体の26.8%。比率は下がってきていて26.8%と前年比マイナス0.9%。アジア系企業は700社で22.2%前年比0.7%プラス。ヨーロッパ系企業が全体の半数近くを占めるというのは意外なところ。

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次に従業者数。金融・保険、不動産を入れると13年度で61万人。前年度比 14.1%増加(前年・当年とも回答のあった 企業のみの比較では同 3.9%増加)となっている。ちなみに帝国データバンクの調査だと外資系企業は70%が東京にあり、東京都の民間従業者数が約900万人なので、ざっくり計算すると約5%くらいが外資系に勤めていることになる。

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最後に最近よく話題になるアジア・オセアニアの地域統括拠点がどこにあるかについて。予想通りシンガポールが多く339拠点とダントツ、次いで中国の283拠点。日本は95拠点とやはり少ない。シンガポールの税制、中国の市場としての重要性を考えれば妥当と言えるがやや寂しい結果。

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*拠点数は複数回答のため延べ数

これ以外にも売上高、経常利益、設備投資額といった計数値と共に、日本の市場としての魅力と阻害要因についてのアンケートなど面白いデータが並んでいる。興味がある方は是非一読をおすすめする。

誰もが「自分」株式会社のオーナーである

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人生を、自分の労働力を「商品」とする「事業」と捉えて、自分はその「自分」株式会社のオーナーであると考える。これで人生に対する捉え方はだいぶ変わってくる。この考えを持てるようになってから、個人的には不毛な悩みを抱えることがだいぶ減った。

持ち家か賃貸か、サラリーマンか起業、フリーか、みたいな人生の選択は、事業と同じで単一の答えがあるわけではない。自分はどんな事業を推進したいのか、その時の事業環境はどうなのか。ビジネスを回す上で不可欠な検討を「人生」に持ち込むことで、過剰な思い込みで空回りしたり、逆に全てにシニカルになってしまうことを防いでくれると思う。

例えば、年収は売上、持ち家は資産、住宅ローンは負債と改めて認識すれば目が覚めるし、現金がどれだけ強くてキャッシュフローがいかに大事かも身にしみて分かる。

自分自身の人生が「事業」だから、例えば、サラリーマンか起業か、という話も2者択一でなくて、どの事業から「売上」をあげるか(収入を得るか)、という事業セグメントの話になってくる。繰り返すが自分は労働市場における「商品」である。なので、売上、つまり自分にとっての収入を最大化(最適化)する市場を探すことが最も重要なのであり、その手段としてサラリーマン、フリーランス、起業などからどれを選択するのは、「人生」というビジネスの事業戦略に拠る。

さらに、企業価値が「その企業から将来生み出されるキャッシュフロー」によって決まってくるように、人生という事業もこの観点から考えると色々整理される。Cash is Kingなのであり、毎月現金で安定的にキャッシュが入ってくること(=給与)はなにより事業の価値を高めてくれる。一方で、現在だけに拘泥していては将来のアップサイドは望めない。これもまた事業と同じように、現在は投資フェーズなのか刈り取りフェーズなのか、ときちんと考えて、教育などの投資を自分にも惜しみなく行わなければ、人生という事業は将来にわたってしぼんでいく。

また、自分の人生も経営と同じように、常にリソース(資源)制約があり、その制約のもとで意思決定をし続けなければならない。やたらと事業の多角化を図り、結果として稀少なリソースをうまく集中できずに事業を失速させてしまう起業家のように、人生においても色々な可能性を模索して結局どれも中途半端になる人は多い。限られたリソースのもとでいかに適切に意思決定するか。人生という事業でもこれが決定的に重要になってくる。

仕事でも疲れてるんだから、なんで人生をそんなビジネスみたいに捉えなくちゃならないのよ、と思うかもしれない。ただ、人生においては自分が「社長」として決断、実行できる。個人的にはこれほど面白いことはないといつも思っている。

「伝統」の持つ合理性と面妖さ~おっさんをバカにするだけでは世の中変わらない

安倍政権の保守傾向に対する批判の意図もあり、最近こういった言説が主にリベラル系の論者から出てくる。

みんなが「伝統」と思っているものは、実は最近作られた常識にすぎない、というのは社会科学において頻繁に使われるロジック。例えばフーコーは「狂気の歴史」において、ルネサンス期には社会に肯定的に包摂されていた「狂人」が、近代に入り、社会から排除、隔離されていった様子を描き出した。また、フェミニズムは、家父長制度が近代産業社会に入り強固となった「制度」に過ぎないことを示し、それを絶対的価値観とする男達を激しく批判した。また、網野善彦は日本が「伝統的」に農業国家であるという常識を批判し、中世の商人や手工業者、さらには遊女やアジールなど共同体の外で生きる人たちを活き活きと描き出した。

個人的にも大学時代これらの言説に触れて、「伝統」や「常識」を鮮やかに批判する手さばきに感動し、喝采を上げたのを覚えている。

一方で、職業人として15年ほど経験を積んだ今はこうも思う。

 例えば、夫婦別姓に反対する年長世代。日本企業において終身雇用、年功序列をやはり良しとする50代。これらの人たちを今の若い人やリベラル的立場から社会批判する論者は揶揄するだろう。しかし、ある集団に属する人たちが何かの「信念」や「常識」を持っているとき、それを外から虚構だと批判しても多くの場合なにも変わらない。

なぜなら、以下のツイートで書いたような理由があるから。

例えば、青木昌彦がその制度論で描き出したように、日本企業の「終身雇用制度」は戦後復興から高度経済成長期において競争力の源泉だった。もちろん、今は競争環境が大きく変化を遂げており、「終身雇用制度」が必ずしも合理的な制度と言えない。一方で、全ての産業において非合理とは言い切れず、例えば、日本の部品、素材メーカーが長期に渡りR&Dに投資し、依然として世界でも競争優位を保っているのは、間違いなく長期雇用という制度が支えている。

日本の伝統の名の下に、安倍政権下で危険な動きがあるのは事実。それに対する批判は必要だろう。一方で、「伝統」を信じている人たちにも、それを支える固有の「論理」や「合理」は必ず存在する。進歩的、と思われる見解の「論理」が必ずしも絶対でなく、あくまで限定的な仮定を置いたモデルに過ぎない、という冷徹な見極めが求められると思う。青木昌彦がその著作で「終身雇用制度が日本で「常識」でなくなるには3世代くらいかかるのでは」と述べていたように。

 

狂気の歴史―古典主義時代における

狂気の歴史―古典主義時代における

 

 

家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫)

家父長制と資本制―マルクス主義フェミニズムの地平 (岩波現代文庫)

 

 

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))

無縁・公界・楽―日本中世の自由と平和 (平凡社ライブラリー (150))

 

 

青木昌彦の経済学入門: 制度論の地平を拡げる (ちくま新書)

青木昌彦の経済学入門: 制度論の地平を拡げる (ちくま新書)

 

 

フルタイム2馬力がなかなか実現しない日本~世帯年収の引き上げをもっと意識すべきでは

 こんなツイートをした。

これに対して2馬力でなく1.5馬力が現実的ではとのリプライを貰った。

 ただ、1.5馬力というのは既にかなり実現している。以下の統計を見ると共働き世帯数は専業主婦世帯数を1996年に抜き、その後も順調に伸びて2014年度で1,077万世帯に達している。一方専業主婦世帯は減り続け14年度で720万世帯となっている。

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出典: 専業主婦世帯数と共働き世帯数の推移  http://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/qa/a07-1.html

 しかし、共働きが増えたといっても、女性の多くはフルタイム(正規)の雇用でなく、パートタイムが依然多い。以下は平成23年度のデータだが、どの年代を見ても妻の就業率のうち正規雇用率は14-16%に留まる。つまり、2馬力でなく、1.5馬力が主流と言える。

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出典: http://www.gender.go.jp/public/kyodosankaku/2013/201312/201312_08.html

 

この結果として、共働き世帯比率は増えているにも関わらず、1世帯あたりの平均所得は以下のグラフのように、児童のいる世帯でも平成8年の781.6万円をピークに一貫して減少を続け、平成25年では696.3万円となっている。日本で不況が状態化し夫の年収が上がらない、もしくは下がっていく、という状況となり、妻がパートタイムでそれを支えるという構図が見て取れる。

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出典: http://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/k-tyosa/k-tyosa14/dl/03.pdf

共働き世帯がこれだけ増えながらも、扶養控除の103万円の上限といったインセンティブ設計の課題、保育園の未整備、妻に偏りがちな家事・育児、依然残る終身雇用制を前提とした人事評価制度、など様々な要因を背景にして、日本ではフルタイム共働きはまだ少数派の状況。安倍政権および日銀は企業への賃上げを促しているが、フルタイム共働きを増やし「世帯年収」を上げていく方向に制度設計することを是非検討して欲しいと個人的には思う。

この問題については、「仕事と家族」が国際比較なども交えて日本の労働市場の問題点に触れており参考になる。

 

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)

仕事と家族 - 日本はなぜ働きづらく、産みにくいのか (中公新書)

 

 

世界中の名門大学の講義を無料で受講できる素晴らしいCourseraの世界

Courseraは無料でアメリカをはじめとした世界中の有名大学の講義を受講できる素晴らしいサービス。いい講義を見つけると登録して、つまみ食い的に空いた時間に講義ビデオを見ている。どれも実際に大学で実施されている授業をもとにしているので、講義内容はよく構造化されており、その分野について一通り学ぶことが可能。いくつか気に入ったものをご紹介。

まずはMBAランキングでも常にトップレベルを争うペンシルバニア大学ウォートンスクールの基礎(Introduction to)講義について。MBAでまず習うマーケティング、ファイナンス、オペレーションそれぞれについてコースがある。

Introduction to Marketing by Barbara E. KahnPeter Fader

マーケティングの基礎。5週間の講義でBranding, Customer Centricity, Go To Market Strategy, Applied Marketingについて。

Introduction to Financial Accounting  by Brian J Bushee

財務会計の基礎。4週間の講義でBalance Sheet, Income Statement, Cash Flows, Ratio Analysisについて。簿記の基礎レベルから始まるので初学者にはいいかも。

 Introduction to Operations Management by Christian Terwiesch

オペレーションの基礎。4週間の講義でProcess, Productivty, Qualityについて。いかにも「オペレーション」といった感じの教授。

Introduction to Corporate Finance by Michael R Roberts

コーポレートファイナンスの基礎。4週間の講義でTime Value of Money, Interest Rates, Discounted Cash Flow Analysis, Return on Investmentについて。私は未受講だけど、さっと見た感じでは他科目と同様よく練られていそう。

ちなみに、Courseraも有料モデルを模索していて、いくつかの講義をカテゴリーで整理して課金するモデルもある。このウォートンの4講義をバンドルしたものは、Solve Real Problemsというタイトルで提供されている。

ウォートンと並びMBAトップ校のノースウェスタン大学ケロッグスクールのオペレーションについての講義もある。

Scaling operations: Linking strategy and execution by Gad Allon, Jan A. Van Mieghern

これはとてもオススメ。オペレーションのフレームワークが紹介され、それをもとに、例えばシャープの堺工場への1兆円投資など具体的な事例を分析しながら、オペレーションにおける戦略と実行のモデルを学べるようになっている。オペレーションは経営の上で基礎となる部分なので、広く経営に携わる人にとって有益かと。

次に経営戦略について。

Foundations of Business Strategy by Michael J. Lenox

このヴァージニア大学の講義は良かった。7週間の講義。ポーターのFive Forceからはじまり、Firm Capabilities, Competitive Positioning, Firm Scopeと続く。それぞれの経営戦略モデルの概観を事例を使いながらうまく説明していて分かりやすい。

 このヴァージニア大学の経営戦略に関する講義もBusiness Strategy Specializationとしてまとめられている。

Steer Your Business to Success by University of Virginia 

このバンドルは、上記で紹介したFouncations of Business Strategy以外にAdvanced Business Strategy, Business Growth Strategy, Strategic Planning and Executionの合計5講義をバンドルしている。なお、このバンドルのページからだと有料講義しか選べないので、それぞれの講義を検索すると無料講義を受講可能。

次は経済学。

経済学については私は受講したものがないのだけれど、こちらについてもイリノイ大学アーバナシャンペーン校の講義がバンドルされたものがあるのでご紹介。ちなみにこの大学は私が交換留学した大学でとても懐かしい。ど田舎にあって周りにはなにもないけれど、授業の質は高くとてもいい大学。

Business Tools for Successful Execution by University of Illinois at Urbana-Champaign

ミクロ経済学とマクロ経済学の講義をカバーしており、ミクロはConsumer and Producer Behavior, Markets and Allocations, マクロはMacroeconomic Variables and Markets, Policies, Institutions, and Macroeconomic Performanceの各講義。あとは統計の講義もある。

次にデータサイエンス。

今注目の領域なので充実している。これもData Science Specificationとしてバンドルされたジョンズホプキンス大学の講義がある。

Launch Your Career in Data Science by Johns Hopkins University

こちらは充実の9講義。The Data Scientist’s Toolbox, R Programming, Getting and Cleaning Data, Exploratory Data Analysis, Reproducible Research, Statistical Inference, Regression Models, Practical Machine Learning, Developing Data Products。この中でRの講義をさらっと見たけれど、基礎からきちんと教えてくれる感じで有益だった。

これ以外にもたくさんあるけれど、名門スタンフォード大学の機械学習の授業もある。未受講だけれど是非きちんと受講したい講義。

Machine Learning by Andrew Ng, Stanford University 

MBAや経済学に比べるとロースクールの授業は少ないのだけれど、Twitterで紹介したネゴシエーションの授業はとてもよい。

Successful Negotiation: Essential Strategies and Skills by George Siedel

ミシガン大学ロースクールの教授によるもので、非常によく練られた構成で交渉の基礎から理論、実践まで学べる授業。教授の説明も簡潔で分かりやすく、また癖のないゆっくりした英語で講義してくれているので、語学の勉強の意味でもよい。自分の仕事ではネゴシエーションのスキルは鍵なので、その点においても実践的でとても参考になっている。

以上主にビジネス、経済、データサイエンス系についてのご紹介。これ以外にも、自然科学、社会科学、人文科学全ての領域でどんどん講義が追加されているので本当に素晴らしい。きっちり講義のビデオを全て見たり、テストを受けたりしようとすると、社会人は時間の制約もあり難しいけれど、シラバスを眺めて、面白そうな講義ビデオを見るだけでも参考になる。

 

「内発的動機」の強さがパフォーマンスを決める~ストレスといかに対峙するか

社会人経験を積めば、内発的動機の強さがパフォーマンスを決める、というのは誰もが気づくこと。学歴が高くても、この部分が弱いが故に、大事なところで逃げたり粘れずに成果が出せない人は多い。

なぜ内発的動機の形成が大事かといえば、なぜ仕事をするかなんて実は自明じゃないから。目の前の仕事に向かい合う動機を自分の中にきちんと作れなければ、例えば修羅場で逃げずに立ち向かえるわけがない。その動機は、金だろうとプライドだろうとなんでも良いけど、内側から自分を支えてくれる「コア」の信念がないと厳しい。

特に、椅子取りゲームの様相を呈しつつある今のビジネスでは、仕事において強いストレスを受けることは避けられず、ストレスをいかにマネジメントできるかが生き残る上で非常に重要。このストレスマネジメントの観点からも、内発的動機づけの形成が鍵になる。理不尽な状況に置かれてもそれをうまく内面で捌いていけるか。学生時代に部活動などでこのスキルを身につける機会がなかった場合は、社会人になってから仕事を通じて身につけていく必要がある。ただストレスマネジメントの方法論は一般にはよく知られていないし、体系的に習得する機会もなかなかない。

例えば、親から言われるがままに育ってしまうと、社会人で潰れるリスクは格段に高まる。仕事は他者からの圧力やストレスをどうこなすかが肝なので、それに打ち勝つための内発的動機がきちんと形成されていて、その使い方に習熟していないとすぐ潰される。

一方で、この内発的動機づけの形成、それによるストレスマネジメント、というスキル獲得を難しくしているのは、できる人から見たらなぜ他の人ができないのかよくわからないところ。できる人は手法として自覚していなくても、うまくストレスをさばくことができる。で、できない人を潰したりする。

メンタルヘルスを壊す可能性は今や職業人にとって最大のリスク。抗鬱剤の投薬は対処療法に過ぎず、認知療法などのカウンセリング的手法を取り入れて、ストレスマネジメントを身につけないと、仕事で必ず発生する高ストレス状況のたびに逆戻りとなる。経営の観点からも、せっかくスキルや経験を身につけた社員が潰れていくのは大きな損害。今までの能力育成は主に業務に関するハードスキルが主眼だったが、今後はストレスマネジメントの能力育成、といったソフトスキルの育成が長期的な人材活用のキーになってくるのでは。

 

ストレスマネジメントには「認知療法」の手法は役に立つ。その関連書も多く出ているが、以下ご紹介。

 

ストレスマネジメント入門 (日経文庫)

ストレスマネジメント入門 (日経文庫)

 

 

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

はじめての認知療法 (講談社現代新書)

 

 

「怒り」のマネジメント術 できる人ほどイライラしない (朝日新書)

「怒り」のマネジメント術 できる人ほどイライラしない (朝日新書)

 

 

「IBMグローバル経営層スタディ」からの示唆~テクノロジーが変える現代の経営(1)

昨年11月に公開されたものだけれど、IBMが定期的に実施している経営者層へのインタビュー調査の2015年版についてのご紹介。2003年から実施されている調査で、過去はCEO Study, CFO Studyなど役割に応じた調査だった。2013年からは全ての経営者層(CEO, CFO, CHRO, CIO, CMO, COO)に対して同時に実施する形になっている。今回の2015年のものは、70カ国以上、21業界にわたる5,247名の経営者を対象に実施された。ここまで大規模な経営層へのインタビュー調査というのは他になかなか存在せず、IBMの幅広い業種と経営レイヤーに対するリーチの深さを示している調査といえる。

全体を見渡すと、「破壊的企業」の脅威、デジタルによる顧客接点の強化、クラウド、アナリティクス、IoTといった新技術による事業変革、経営の意思決定におけるデータ(コグニティブ)の活用、パートナーシップやプラットフォーム構築の重要性、など現代の経営においてキーとなるテーマについて経営者層の回答が整理され、それに対するIBMによる適切な分析、まとめ、提言がなされており、以前の調査に比べても見通しのよいものになっていると感じた。

各テーマについて調査結果をもとに見ていくことにする。まずは、「「破壊的企業」の脅威」について。

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この結果が示すように「他業界」からテクノロジーをレバレッジする形で既存の産業のルールを変更し、既存企業を脅かす「破壊的」存在に対して経営層の警戒感は増している。「ウーバー症候群」という言葉も紹介されているが、まさにUberがタクシー業界の構造を劇的に変えていったように、今やどの産業も、同じ産業内の競合だけを見ていればよい時代は終わり、クリステンセンの「イノベーションのジレンマ」で素描された「破壊的」プレイヤーの存在に注視する必要がある。

「破壊的テクノロジーが、事業の
ファンダメンタルを変える
可能性がある。それがオープンな
形で普及すれば予測できない
影響がでる」
平井 一夫, 社長兼CEO, ソニー株式会社, 日本

 次に「デジタルによる顧客接点の変化」

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アメリカやイギリスでは既にデジタルマーケティング市場はかなりの規模に達しており、デジタルチャネルにおける顧客接点の再設計および強化は着々と進んでいる。特に重要なのはここにもあるように「個客」への対応で、データの蓄積とその活用によるパーソナイラゼーションは、顧客体験の向上とそれに伴うロイヤリティの向上を可能にする。データサイエンスとマーケティングが交接し、そこにデザインやクリエイティブという要素が加わることで、新しいマーケティングの形が生み出されてきており、今後もここは経営における最重要課題の一つと認識されるだろう。

下図はアメリカのデジタルマーケティング支出の実績(14年)と15-19年の成長予測。既に6兆円を越える規模になっており、19年には10兆円以上まで拡大すると予測されている。

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Source:  http://www.statista.com/statistics/275229/us-interactive-marketing-spending-growth-from-2011-to-2016/

この巨大な市場を狙ってソフトウェアベンダーも激しい戦いを繰り広げている。Gartnerから発表された最新のMagic Quadrant for Digital Marketing Hubは以下の通り。Adobe, Oracle, Salesforce, Marketoが「リーダー」として位置づけられている。一方で、どのベンダーも、データベースのOracle, ERPのSAP, CRMのSalesforceのようにカテゴリーの代名詞となるところまで突き抜けてはおらず、その市場規模の大きさを考えると、今後数年は各社つばぜり合いが続くと思われる。

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少し長くなったので、残りは次回としたい。

 

 

 

日本企業で「グローバル経営」を学ぶチャンスとは

日本経済は依然として非常に規模が大きく、顧客の要望は厳しく競合との争いも熾烈。さらに教育水準も高く、人材の質は平均的に高い。ということで、日本企業に勤めることで、巨大な市場規模と洗練度を誇る日本市場での戦い方を学べる。もしくは、輸出が中心の企業であっても、長期的な視野で顧客と関係を構築していく企業文化から学ぶことは多い。一方で、日本企業では、世界で標準的とされている経営モデルやマネジメント手法を身につけることは結構難しい。この現実をもとに、日本人としてどうキャリアを組み立てていくか。これは自分も常に考えているポイント。

日本企業の経営の相対的な「ゆるさ」は逆にチャンスで、僕がいま日本企業にいたら、海外買収先の管理職や経営陣になれるよう画策する。こういう画策が人づてにできたりするのがいい意味の日本企業の「ゆるさ」。買収先で国際標準の経営にもまれて、失敗をたくさんすると色々学べると思う。ただ、多くの人はこういったチャンスを意識できずに、英会話学校に行ったり、大学院で経営の「勉強」して、「グローバル化」という変な概念に対応しようとする。それはもったいない。

日本企業の、リソース配分の意思決定がモデル化されていない、というのは経営の弱点なんだけど、そのおかげで、事業部長に見込まれてる、くらいの理由で海外での挑戦的な仕事にありつけたりする。これは欧米企業ではありえない。個人としては、大きなチャンス。日経の「私の課長時代」を読んでも、こうした「ゆるさ」から、海外工場の立ち上げ、海外買収先企業の立て直し、などの仕事をある日突然与えられて、悪戦苦闘しながら経営を学んでいく姿がよく描かれる。これは今でも変わらぬ日本企業にいるメリットだと思う。

だから、日本企業だと会社の「花形事業」にいる人が実はリスクが高い。花形事業って、日本企業特有の経営モデルで運営されてることが多いから、グローバル経営に応用効かないやり方覚えてしまうし、いまなら上が詰まってるので若手が挑戦的な仕事やる余地が少ない。また、事業のライフルサイクル的にも花型事業は大抵後期に属しているので、最近のように「破壊的」プレイヤーが常に産業構造を揺るがし、そのルールを変えてしまう恐れがある点もリスク。

個人的には、前職で中国のオフショア開発拠点に駐在していた時に、「グローバル経営」がはじめて腹落ちした。日々の業務や意思決定を通じて、頭だけでなく、体でその構造が理解できた気がする。日本企業の海外企業の買収は今後も増える一方だろうし、従業員にとっては「経営」の最前線で実践的な経験を積むチャンス。この機会をうまく掴めるかは今後のキャリアを考える上でのキーになるだろうと思う。

P&Gの社長交代からグローバル経営を考える

今日はこのP&G日本法人交代の記事について。

toyokeizai.net

この記事自体は踏み込みが浅くあまり参考にならないけれど、このニュースからはIBMなどと同様に、米の伝統的大企業の苦戦の構造が透けて見える。

1. 既存のコア事業のライフサイクルは先進国では成熟期に入っており、売上高成長が見込めず、一方で値下げ圧力や競合との消耗戦で利益維持が徐々に困難に。

2. 一方、ここ数年売上成長を牽引してきた新興国の経済が軟調。期待していた売上および利益が稼げなくなっている。

3. さらに、大型株なので投資家からのプレッシャーは強く、グローバル規模でのコストダウン、「コア事業への集中」を謳った事業売却、期待されるEPSを達成するための自社株買い、などに注力する必要。

4. しかし、3.の施策は株主向けの対処療法で、数兆円規模の事業成長(特に売上高)をどう達成するか、という本質的な課題への解がなかなか見つからない。

私は消費財業界には詳しくないのだけれど、P&Gが研究開発やマーケティングをシンガポールに移したり、社長を外国人にしてガバナンスを強める、というのは上記の課題に対して米グローバル企業が取る施策の典型なので、むべなるかなという感じ。

ただ、私の経験上、こうした施策は各地域でのビジネス拡大という本質的な部分ではあまり機能しない。特にマーケティングや営業などの顧客接点の部分を海外の統括会社で管轄というのは疑問。ファイナンスやオペレーションをグローバルで標準化してオフショア化する、というのと違い、顧客接点の部分については、現地でそこのビジネスに精通した人(日本人であれ外国人であれ)にきちんと権限持たせないとやはりうまくいかないからだ。

例えばIBMは「中興の祖」である椎名氏以来、日本ローカルでの権限を強くし、本社からの介入を最小限に抑え成功してきた。それを00年代に入り「グローバル標準化モデル」と称して営業などの顧客接点の部分に画一的なモデルを持ち込んだことが顧客の離反を招き、一気にビジネスが縮小した。幸い、外国人でありながら現地での顧客接点の強化の重要性を熟知したイェッター氏が、顧客ニーズに沿った営業強化施策を取ることで、再成長路線にのせることに成功した。今では、世界中で売上が縮小する中、日本のみが売上成長を果たしている。(下記表を参照)

IBM 2015 Q3 Revenue by Geography 

f:id:nori76:20160111230605p:plainSource: 3Q earnings presentation:  http://www.ibm.com/investor/att/pdf/IBM-3Q15-Earnings-Charts.pdf

P&Gが内部でどういった仕組みを構築しているかは分からないが、シンガポールからリモートで日本市場を再構築しようとしているならば、かなり厳しいだろうと思う。各地域にどれくらい権限を持たせて経営すべきか?というのは、グローバル経営において古くて新しい、コアとなる論点なので、P&Gの改革の方向性についてもう少し調べてみようと思う。

ちなみに、最後にP&Gの業績について。直近4四半期の売上と純利益率は以下の通り。売上はドル高の影響もあり、四半期ごとに減少。純利益率はQ1 '16でなんとか盛り返しているが、コストダウンでしのいでいる感じ。

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Source: Yahoo Finance http://finance.yahoo.com/q/is?s=PG&annual

株価はやはり軟調で、ここ1年で90ドルから75ドル近辺まで落ちている。

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クラウドがもたらす法人向けビジネスの地殻変動

先日書いたブログ記事で、IBMがコンサルティング領域でひとり負けしていることを取り上げた。IBMは、高付加価値分野はアクセンチュア、デロイト、PwCに、価格勝負なところはタタ、インフォシスなどのインド勢に、両面から攻めこまれ苦戦している状況への解が示せていない。そして、一番深刻なのは、彼等が最も得意とし、最も利益を稼いできたインフラ関連のビジネスをAWSに食われていること。(今思えばIBMのお得意さんだったCIAの契約をAWSに奪われたことが象徴的だった。IBMはなんとCIAを訴えた。。)

ガースナー改革を経てパルミサーノが牽引する形で、ハード、ソフト、サービスの垂直統合でIBMは先駆けた。しかし、AWSに象徴されるクラウドベースのエコシステムが業界を席巻しだすと、垂直統合による自社への囲い込みという成功モデルが一転足かせになる。AWSの好調は言うまでもなく、さらに中立の立場でコンサルできるアクセンチュア、デロイトなどが元気なのもこの理由。

で、実は本稿はここからが本題。クラウドを軸にして起きている、より本質的な大きな変化は、BtoB市場でも「ごまかしのない」顧客志向が求められてきているということ。BtoC市場ではだいぶ前に起きた変化が法人向けビジネスでも起きている。一般的に法人向け市場は、投資決定者、つまり経営陣の意向や都合に左右されることが多いし、商品自体も柔軟性に欠ける場合が多い。クラウドの持つ拡張性や柔軟性がその課題を解決しつつあって、実際にツールを使うユーザーに寄り添ったサービス提供を可能にする仕組みが整ってきている。その代表がAWSだし、Salesforce, Adobe, Workday, TableauといったSaaSベンダーもこのクラウドの特徴を活かして、顧客にフォーカスしたビジネスをうまく展開している。

例えば、なぜAWSのユーザーグループにあそこまでの「熱」があるかというのもこの構造変化で説明できる。実際に運用や活用に関わるユーザーに向けてサービスを届ける。BtoCなら当たり前のこのことがBtoBではないがしろにされてきたわけで、だからこそAWSが常識を超える速度で伸びてきている。

なので、IoTもただのバズワードと捉えていると大事なものを見失う。医療、生産管理はじめ今まで情報がオープン化や構造化されにくかった部分に、クラウドプラットフォームに集められたデータをもとにして、顧客志向を徹底したサービスが入り込んでいくと何が起きるか。今まで見落とされていた「ユーザー」主導が法人向けビジネスをIoTの文脈でも変えていくことが予想される。

ハイテク業界に限らずあらゆる企業は「顧客」が重要と言っている。しかし、企業全体の仕組みを「顧客」の要望に徹底的にフォーカスする形で構築している会社はきわめて少ない。その代表選手であるAmazonが法人向け市場でも変革をリードしており、この流れに乗れない企業は淘汰されていくことになるだろうと思う。

きみが戦うのなら、きみは戦えばよい。きみが希望をいだくのなら、きみは希望をいだけばよい。

昔書いていたブログを読み返していて、これを見つけた。大学時代、古本屋でたまたま買ったヴィトゲンシュタインの「反哲学的断章」。奇妙にこんがらがった大学時代、この引用部分を幾度と無く読み返しながら、なんとか生き延びたことを覚えている。

ある人は「これではだめだ!」といって、それに抵抗する。こういう反応から生じるものはといえば、それとおなじくらい耐えがたい状態なのかもしれない。そしてその結果、もっと反抗をつづける力が、使いはたされてしまうのかもしれない。「その男がそんなことをしなければ、こんな悪い目に会わなくてすんだだろうに」とわたしたちはいう。だがいったい、どういう権利があって、わたしたちはそういうのだろう。社会が展開してゆく法則を、だれが知っているというのだろうか。どんなに利口な人にも予測はできないものだ、とわたしは確信している。きみが戦うのなら、きみは戦えばよい。きみが希望をいだくのなら、きみは希望をいだけばよい。
 わたしたちは戦うことができる。希望をいだくこともできる。そのうえ信じることすらできるのだ。しかも、学問的・科学的に信じる必要などは、ないのである。
ヴィトゲンシュタイン 「反哲学的断章」 P161-162

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「新卒以下のコンサル」がマネージャーになって思ったこと

日系メーカーから外資コンサルに転職した僕は簡単に言うと使えないコンサルで、そもそもPMの言っていることが分からなかったし、作った資料は「てにをは」から直されるし、お客さんからは怒鳴られるしと本当に悲惨な状況だった。で、そのままコンサルをお役御免になり間接部門に飛ばされた。異動は年の後半だったので、年次評価はコンサル時代のマネージャーが実施することに。付けられた評価は下から2番めの最低レベルで、それはリストラ候補となることを意味する。今思えば仕方ないと振り返れるけど、その時は悔しくて、少し突っかかって説明を求めた。そのマネージャーは普段は温厚だけれど、秘めたるプライドが高い人だったので、こちらの反論に不快感を露わにして言った。

「正直言いますけどね、あなたなんて新卒以下のスキルでしたよ」

この言葉は本当に悔しくて、その後も折にふれて思い出した。その悔しさがあったから異動先でどんなに嫌なことがあっても、歯をくいしばって、結果がでるまでやり続けられたと思う。何年かして、異動先での成果が認められてマネージャーに昇格し、部下を持つことになった。その時改めて思い出したのは、このマネージャーの言葉。この時の彼の言葉と振る舞いは反面教師となって、ああいうことだけは止めようと思った。

だから、メンバーには組織の向かう方向をきちんと示して、頻繁にコミュニケーションを取って、褒めるべき時は褒めて、叱るべき時はきちんと叱って、お互いの信頼関係を深めていくことを何より重視した。今思えば、少し肩に力が入りすぎていたし、全てがうまくいったわけではないけど、何人かのメンバーは見違えるようになった。

「メンバーのモチベーションが高く、目標にコミットしていて、相互のコミュニケーションが深く取れている時に、組織は高いパフォーマンスを出すことができる。」

組織運営の秘訣は煎じ詰めればこういうことになる。そして、これを実現するにはマネージャーが不可欠。でも、多くのマネージャーはメンバーに向かい合い切れない。やたら部下にキレて権力を盾にメンバーをコントロールする人、逆にメンバーを恐れて都合の悪いことが言えずなめられている人。マネージャーというのは本当に難しい。でも、僕が心がけているのは、メンバーとは絶対中途半端な気持ちで関わらないということ。褒めるときも、怒るときも、相手のことを思って真剣にコミュニケーションする。「外資系」的ではないかもしれないけれど、理由もくれずにただ僕を罵倒したマネージャーのことを思い出して、やっぱり自分はこのやり方でいこうといつも思う。

【ネタバレ注意】「かくかくしかじか」が解毒する「自分さがし」という宿痾

(ネタバレ含むのでこれから作品読みたい方は気をつけて下さいね)

「東京タラレバ娘」を読んだらとても面白かったので、その勢いで「かくかくしかじか」も読んだ。これは素直に名作と思う。一番印象に残ったのは、アキコが「先生がいないと私達みんなダメなんだよ。みんなただのクズなんだよ」と泣きながら語るところ。

「自分探し」というのは、いまを生きる人の宿痾のようなもので、みな多かれ少なかれ人生において「自分らしさ」というやつを追求しようとしてしまう。でも残念ながらこの追求はどこにも行き着かない。なぜなら、「自己」というのは、それ自体で存在するものでなく、他者との関係性によって規定され、浮かび上がってくるものだから。

アキコのセリフが泣けるのは、彼女がこのことに改めて気づき、素直な気持ちを吐露しているから。漫画が描きたい、なんとか売れたい、こう願って先生のことを忘れて東京で仕事にのめり込む作者。でも、彼女は先生の死に触れて、自分の存在が先生との関係を通じて構築されていることに気づく。師匠である先生が最後まで言い続けた「描け」という激を通じてこそ、漫画家としての彼女の存在が立ち上がるのだということを。

「実存は本質に先立つ」のではなくて、我々の主体は関係性(システム)によって規定されているのだと構造主義は主張し、サルトル(実存主義)の息の根を止めた。けれど、我々の社会では、いまだに自分探しによって「ほんとうの自分」にいつか辿り着くのだ、という神話が流通している。その先は袋小路でしかないのに。

「かくかくしかじか」は、竹刀を振り回し、怒鳴り続けながら、自己の存在を常に相対化し続けてくれた先生によって「自分」が存在しているんだ、ということを描き切り、こちらをみごとに解毒してくれる。清々しい名作だと思う。

 

かくかくしかじか コミック 全5巻完結セット (愛蔵版コミックス)

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日本企業のグローバル経営移行へのヒント~武田薬品、日立製作所、JT

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金曜の夜なので軽めにインタビューの紹介。武田薬品の長谷川会長、日立製作所の中西会長兼CEO、そしてJTの経営企画部長のインタビューは、日本企業がどうグローバル標準の経営モデルと向かい合うかの好例。「日本人」であることにこだわりすぎること、グロバール経営の経験を積んだ日本人が少ないこと、など共通の課題が浮かび上がる。

【武田薬品】

business.nikkeibp.co.jp

ー 今の武田の舵取りには、ウェバー社長が最適だと考えた訳ですか。

長谷川:そう。それは私がやってもできません。形だけはできるかもしれませんが、彼が今手がけているような実態を伴ったレベルまではできません。私は自分のことを良く分かっていますから。

ー 長谷川会長すらできない。重い言葉ですね。

長谷川:本当に正直なところそう思っています。社長の役割はやはり特別なんですよ。共通の素質とか資質というのはあるけど、企業が置かれている状態によって、特別に求められるものがあります。

 大型新薬の特許切れの中で、いかにして成長のモメンタム(勢い)を失わないようにするか。短期的には買収で補うけど、中長期的に見れば研究開発の生産性を上げるといった手を打たないといけない。そのために必要な人材を全部呼んできたということです。

 私はクリストフを見ていて、自分は経営者として本当に足りないところがたくさんあったなと思っていますよ。

 【日立製作所】

business.nikkeibp.co.jp

ー 日本企業がグローバル展開しても、日本人が現地法人トップになるだけでは限界があるというのが、これまでの歴史。そこから脱皮しないと真のグローバル企業にはなれない。

中西:その通りです。日本企業の海外展開の歴史で見ると、まず日本で作って海外に持っていって売るという「輸出型」が中心だった時代は、現地に権限を委譲したり、現地人をトップにしたりして任せる、ということまでは必要性が小さかったのかもしれない。

 しかし今は違うわけですよ。マーケティングから販売、開発や生産、アフターサービスまで、フルバリューチェーンが海外で丸ごと必要になるでしょう。そうなると日本人が海外にのこのこ出かけてオペレーションを全部やろうとするのは無理。経営幹部はほとんど外国人の現地人材になり、立ち上げ時は日本人が経営トップにいたとしても、いずれは現地人材をリーダー格に引き上げる必要性が出てきます。

 昔の日本企業はね、例えば海外に大きい工場を造って、生産機能だけを移して、日本人の製造部長さんが最後の仕上げの仕事と称して海外へ行って、毎日ゴルフをやってたわけですよ(笑)。もうこれじゃ、だめです。

 【JT】

toyokeizai.net

瀧本:どちらかというと、日本本社の組織が、よりジュネーブの組織に近づいていくイメージでしょうか。それとも、現在のどちらの組織とも違う新しいものができるのでしょうか。

筒井:私は、どちらでもないものができるのではないかと考えています。日本側にもJTインターナショナル側にも、それぞれ長所と短所がありますから。

JTインターナショナルは、外資系に近くて、意思決定のスピードが早く、各自のジョブディスクリプションがはっきりしています。一方、日本の場合は、職務範囲の境目があいまいな分、若いうちからいろんな経験ができますし、人の仕事を若干取り込んできても、文句を言われないところがあります。特にJT固有のことかもしれませんが、経営陣と新入社員までの距離が、ジュネーブに比べると比較的近いのも特徴です。

私は、海外で経験したマネジメントスタイルと、JTがこれまで培ってきたスタイルの中間に、何か新しいものが生まれるのではないかと思っています。 それは、ある意味、新しい「日本型経営」みたいなものかもしれませんが、JTを通じて新しい経営スタイルを示せればいいなと考えています。