グローバル経営の極北

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グローバル経営を考える「素材」を提供します

過去40年の年収データが示すアメリカの「分断」

田端氏と山口氏のツイートを踏まえて、こんなツイートをした。

 これは「クルーグマン教授の経済入門」でクルーグマンが示していた数字の記憶をもとに書いた。実際はどうなのかなと思い、アメリカの年収階層別の統計についてググると、アメリカ統計局のデータを見つけた。1967年から2011年のアメリカの年収分布別の年収推移(インフレ調整済み)。

これはなかなかすごくて、上位5%は+66%、上位10%は+62%と大きく増加しているのに対し、ミディアン(50%)は+19%, 下位10%については+25%と非常に低い伸び率になっていて、この40年あまりでほとんど年収が増えていないといっていいレベル。トランプ支持が広がることも頷ける「分断」が存在することに改めて気づかされる。

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http://www.cleveland.com/datacentral/index.ssf/2012/09/historical_median_household_in.html

 

 

クルーグマン教授の経済入門 (ちくま学芸文庫)

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これから始まる「新しい世界経済」の教科書: スティグリッツ教授の

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RBSがインドIT大手Infosysとの約300億円の契約を解除

RBSがインドSI大手のInfosysとの3億ドル(約300億円)の契約を解除したというニュースをFinancial Timesが報じている。

www.ft.com

 記事によると、RBS傘下のWilliams & Glynのシステムを独立して構築することにInfosysは失敗した模様。過去数年の度重なる遅延で、総コストは既に15億ポンド(約2,000億円)に達するという悲惨な状況になっている。

日本でも最近みずほ銀行の次期勘定系システムが遅延しているのでは、というのが話題になっていたが、大規模SIビジネスはどうしてもこうした遅延やトラブルがつきまとい、訴訟リスク等も含めてコントロールは非常に難しい。

Infosysは先月の決算発表での売上予測が市場の期待値より低かったことから、株価が急落しており、このRBSとの契約解除はまさに「泣きっ面に蜂」と言える。

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一方で、記事でも触れられているが、より本質的に深刻な課題は産業全体のクラウドへのシフト。ITインフラからミドルウェア、そしてアプリケーションまでクラウドへの移行は急速に進んでおり、それは、旧来のオンプレミス環境でのシステム構築に強みを持っていたIBMやHP, Oracleなどの米のIT大手、そしてタタやInfosysなどインドのIT大手にとって脅威になっている。

その「脅威」となるAWSやMicrosoft Azureは大きな成長を遂げており、記事では英のOakNorth Bankが基幹系のシステムにAWSを採用したことに触れている。

Adobeのハーバード・ケーススタディーからクラウド時代の経営変革を考える

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Google, Amazon AWS, Salesforceといった企業が切り開いてきたクラウドビジネスはエンタープライズIT産業の風景を完全に変えました。それは単にテクノロジーの進化という点に留まらず、現代の「経営」の基盤にも大きな影響を与えています。

この記事では、シリコンバレーの「老舗」ソフトウェア企業で、一般にもPhotoshopやIllustratorでよく知られるAdobe社の経営変革について触れます。ハーバード・ビジネス・スクールのケース・スタディ "Reinventing Adobe" (Gupta & Barley, 2014)を参考にしつつ、経営変革を成功させるポイント、クラウドが現代の経営において持つ意味、などについて考察していきます。

まず、結論から言うとAdobeの経営変革は大きく成功しています。

商品は3つのクラウドで分かりやすく整理されています(以下の表・グラフの出典はAdobe Investor Handout

Creative Cloud(Photoshop, Illustratorなどのクリエイティブソフトウェア)のARR*は、2012年以来大きく成長し、2015年で25億ドル(約2800億円)を越えています。

*ARR(Annualized Recurring Revenue): 年間の定期売上

買収を中心に「新たに」作り上げたMarketing Cloud(Analytics, CMS, マーケティングオートメーションなどのマーケティング支援ソフトウェア)のビジネスは2015年に売上15億ドル(約1700億円)に迫るレベルまで成長しています。

3月17日に発表された最新の2016年度第1四半期の決算も非常に好調で売上は四半期として過去最高の13.8億ドル(約1540億円)を記録しました。株価はここ5年で大きく上昇し、時価総額は477億ドルと5兆円を超える規模です。

Source: Yahoo Finance

では、この成功はどうやって成し遂げられたでしょうか。Adobeの経営変革のポイントは以下の4点です。

1. 経営変革のビジョンを定める
2. 買収を通じて新たなビジネスを「創造」する
3. ビジネスモデルを大胆に組み換える
4. ウォールストリートと巧みに対話する

これからそれぞれのポイントについて説明していきます。

1. 経営変革のビジョンを定める

2008年の金融危機後、Adobeは「成長の壁」にぶつかります。Photoshopをはじめとした既存事業は成熟し、新しい商品の開発にも失敗していました。そこで、CEOのShantanu Narayenは経営陣を集め、経営変革の方向性を議論します。(Gupta & Barley, 2014, p1)

まず、インターネットの普及で、写真や動画は爆発的な規模で共有され、コンテンツ作成の方法もデジタル化で変化を遂げ、さらに「データ」が鍵を握るようになります。コンテンツ作成の核となるソフトウェアを持っていたAdobeにとって新たな成長機会が多くありそうでした。

一方で、例えばTIMEのような雑誌はAdobeのソフトウェア無しには作成できないにも関わらず、彼等のビジネス全体のバリューチェーンへの関与は限定的でした。単に商品を販売しているだけで、その「プロセス」や「意思決定」にまでは入り込めていませんでした。

さらに、Adobeの顧客は広告代理店、出版社、マーケティング部門が中心で、IT化の進展で力を増していたIT部門には入り込めていませんでした。そこではIBM, Oracle, SAPといった「巨人」達が圧倒的なプレゼンスを誇っていました。

これらの認識を踏まえ、経営陣は3つの方針を定めます。

a. 既存事業の成長機会を逃さず投資し続ける
b. 新領域に買収で入り込んでいく
c. 新しい「顧客」を発見する

方針はシンプルですが、当時のAdobeのポジションを考えると色々と示唆があります。

まず、Adobeがクリエイティブ・コンテンツ制作のソフトウェア分野で圧倒的なシェアを誇っていたことが重要です。情報・ネットワーク産業の肝の一つは「エコシステム」の構築ですが、Adobeはこの「エコシステム」を長期に渡って構築していました。

がゆえに、デジタル化の進展でコンテンツ制作の「文法」が変わったとしても、強い「エコシステム」を新しい「文法」に合わせていくことで大きなチャンスと変わる可能性がありました。

さらに、上記したようにAdobeは広告業界やマーケティング部門といった限られたセグメントでビジネスをしていました。しかし、デジタル化の進展はマーケティング自身の姿を変えていきます。

煎じ詰めれば「データ」がマーケティングの鍵を握るようになります。Adobeはその変化をうまく捉え、買収による新領域への進出、IT部門との関係強化、などを通じてこの変化に対応していきます。

実際Adobeはこの3つの方針をベースに、具体的に経営変革に乗り出します。

2. 買収を通じて全く新たなビジネスを「創造」する

上記1.で定めたビジョンをもとに、Adobeは新領域のビジネスへと踏み出します。2009年にウェブ・アナリティクス分野で大きなシェアを持っていたSaaS企業Omniture社を18億ドルで買収したのです。

実は、Omnitureの経営陣は当初Adobeからの買収提案に懐疑的でした(Gupta & Barley, 2014, p3)。

というのも、Omnitureが地盤を置いていたのは一般に「エンタープライズIT」と呼ばれる企業向け(BtoB)市場だったからです。Adobeは一般消費者向け(BtoC)が強い企業であり、BtoBの企業とは思われていませんでした。

なので、Omnitureが候補としてあげていたのは、SaaSの盟主SalesforceやOracle, SAP, IBMといった「エンタープライズIT」の巨人達でした。

これに対し、AdobeのCMO Ann Lewnes はこう述懐しています(Gupta & Barley, 2014, p4)。

Omniture買収はAdobeにとって合理的な選択でした。我々の商品は人々がコンテンツを作るのを助ける。で、コンテンツを作ればその効果を「計測」したくなるのは自然ですよね?しかもOmnitureはトップランクの出版社や広告代理店、強いブランドを持った企業、などに広くリーチできていた。Adobeも彼等の商品を使っていましたし、デジタル・マーケティングが今後のトレンドであることもよく分かっていたんです。CMOとしての立場からも、代理店に聞いて回る必要なしに、マーケティング予算の効果が自分で測定できることは魅力的でした。

このように両者間のシナジーを強調するAdobeにOmnitureの経営陣も納得し、AdobeはOmniture買収に成功します。

一方で、株式市場は否定的でした。WSJは”Adobe buys Omniture: What Were They Thinking?"という強い口調の記事で、買収による2者間のシナジーに疑問を呈しました。

ここで、Adobeが取った対応が非常に大切なポイントです。

AdobeはOmnitureをCEO直轄の単独事業部として残し、Omniture生え抜きの経営陣をそのトップに据えて「自主性」や「企業文化」を尊重しました。そればかりか、彼等から「学ぶ」姿勢を強調します。

というのも、上記したようにOmnitureが展開していたエンタープライズITのビジネスは、Adobeにとって新たな領域だったからです。

こうした対応は一般的な買収ではなかなか起こりません。特に買収が頻繁なソフトウェア産業では、IBM, Oracleといった巨大なプレイヤーが有望なスタートアップを買収後に、トップをすげ替えたり企業文化の強引な統合を図って、商品開発や営業の核を担っていた人材の離反を招き、結果として買収時の価値が失われるというのはよくある光景です。

CEOのShantanuは以下のように語っています。こうした姿勢が成功を導いたわけです。

Omnitureは業界のリーダーでした。なので、マネジメントチームをそのままにしておくことが、成功の鍵であることを我々はよく分かっていたんです。買収は難しい。常に真剣に取り組んで、うまくいくための「ポイント」を外さないことが重要なんです。

3. ビジネスモデルを大胆に組み替える

ミッションを定め、買収を通じて新たな領域へ参入し、Adobeの改革は本格化していきます。続いて、クラウドビジネスの肝と言えるサブスクリプションモデルの導入にAdobeはいよいよ踏み込みます。

ソフトウェアの販売は"パーペチュアル"と呼ばれる、一度ソフトウェアを買えばずっと使えるパッケージ販売モデルが主流でした。昔はPhotoshopやMicrosoft OfficeのCDが箱に入って売られていたのを皆さん覚えていると思いますが、あの売り方です。

それに対して"サブスクリプション"と呼ばれる定期(主に月額)課金モデルがあります。Salesforceに代表されるクラウドでソフトウェアを提供する企業は、こちらのサブスクリプションモデルが主流で、大きく成長していました。

Adobeのこの当時の課題をCEOは以下3点にまとめています。

1. 商品の価格が高すぎてこれ以上の拡大が見込めない
2. プロ以外の消費者にはソフトウェアの習得が難しすぎる
3. 過去の成功が大きすぎてより広いバリューチェーンでのビジネスをうまく検討できていない

この課題を踏まえ、Adobeは2011年に"Creative Cloud"と呼ばれるクラウドを通じて19種類のソフトウェアが、デスクトップ、モバイル、タブレットなど複数のデバイスで使える包括的なサービスを打ち出します。

販売形態はサブスクリプションが主で、個人は$49.99, チームでは$69.99の月額で全てのソフトウェアが使用できる契約となり、パッケージ販売の時の値段の$2,599と比べて大きく値ごろ感のある価格戦略を取りました。

これによって、今までAdobe製品の敷居の高さや価格に尻込みしていた消費者にも製品が広がります。さらに、既存の「プロ」ユーザーにとっても、クラウドで頻繁に製品アップデートが行われ最新のツールが使えること、今まで使ったことのなかった製品も包括的なクラウドサービスによって触れる機会を得られるようになったこと、などから商品の価値が上がりました。

この結果、以下のようにサブスクリプションモデルの契約数は1年で5倍近く(47.9万)拡大します(Gupta & Barley, 2014, p9)。

この成功に自信を深めたAdobeはさらに改革を進めます。2013年の自社カンファレンス(MAX)で、パッケージでのソフトウェア販売を全て中止し、今後はクラウドでの提供のみとする、と発表したのです。

これは非常に大胆な決断です。Adobeは過去に大きなインストールベースを持っており、その顧客がこのクラウドへの全面移行に伴い離反すれば、将来の売上を失うことになるからです。

現にMicrosoftはこんな声明を出しています。

Adobeのように、MicrosoftもサブスクリプションによるSaaSモデルが「未来」だと考えている。しかし、Adobeと違い、我々はパッケージ販売からサブスクリプションへの移行にはもう少し時間がかかると見ている。そのベネフィットは大きく、10年以内には、みんなサブスクリプションを選んでいるだろう。しかし、現状では、パッケージ型でソフトウェアを売り、関連サービスはサブスクリプションで売る、という形でいきたい。

しかし結論から言うとAdobeは賭けに勝ちました。この発表のあとにもサブスクリプションユーザーは増え続け、それはAdobeが想定していた以上のレベルでした。

ここはクラウド時代における経営の最大のポイントです。クラウドは顧客との「長期的」かつ「より深い」エンゲージメントを可能にするのです。

以前のように2年おきのアップデートでのパッケージ販売だと、どうしても目標数量を売るための販売者側の都合が前に出てきます。

一方で、クラウド+サブスクリプションモデルの場合、契約期間内に顧客が製品に満足しているかが契約更新を決めます。なので、販売者側にも、普段から顧客が満足する品質やサービスを提供し続けるインセンティブがあるわけです。

この構造に加えて、クラウドは頻繁な製品アップデートを可能にしますから、顧客の要望にきちんと耳を傾けながら、短期かつ頻繁なアップデートでその要望を叶えていくことが可能になります。

Amazon AWSが圧倒的な成功を収めているのも、基本的にはこの構造によります。クラウド、というとテクノロジーの観点から語られることが多いですが(またそれが重要なのは間違いないのですが)、より本質的には上記のように「顧客価値の向上」にごまかしなく向かい合える、というのが実は一番重要なポイントです。

このCreative Cloudの成功と並び、Omnitureの買収をきっかけに、ウェブコンテンツ制作、マーケティングオートメーション、動画配信管理、などのソフトウェア企業を立て続けに買収し、これらをMarketing Cloudとして統合します。

結果として、Adobeにとって新しい領域だったエンタープライズITでも、Marketign Cloudは大きな成功を収め、ここでも事業変革の方針通りに「実行」できたことになります。

4. ウォールストリートとの巧みな対話

1.-3.で見てきたAdobeの変革の基盤を支える要素として、最後にファイナンシャル・マネジメントの点に触れたいと思います。

ご存知のように、アメリカでの投資家の圧力は非常に強く、「四半期ごと」に彼等が予測する売上やEPS、経営にとって重要なKPI、翌期以降の業績ガイダンス、などに企業業績が達しない場合は、容赦なく株が売られます。

よって、Adobeのような事業変革を成し遂げるには、ウォールストリートといかにうまく対話して、彼等に変革の内容と計画を十分に納得させ、その計画通りに実行し業績を出していく必要があります。

これは「言うは易し、行うは難し」です。しかし、Adobeはこの点もうまく乗り切ります。

以下は2012年~15年の売上と営業利益率(Operating Margin%, Non-GAAP)の推移です(出典はAdobe Investor Handout)。2013年に売上と営業利益率が大きく下がっているのがわかると思います。

ここがポイントで、パッケージ販売からサブスクリプションに変わると短期的には売上と利益が下がります。サブスクリプションは薄く長く回収していくモデルだからです。

通常こうした売上と利益の減少についてウォールストリートで理解を得るのは難しいです。しかし、Adobeは、今は事業変革中であり短期的には業績が下がるが長期的には必ずうまくいく、ということを別の指標で示すことで市場の説得を図ります。

それがARR(Annualized Recurring Revenue)です。これは簡単に言うと、既存のサブスクリプション契約から見込める1年間の売上、です。サブスクリプション契約の解約率は通常あまり高くないですから、この数字が積み上がっていけば、安定した売上と利益が見込めることになります。

それを示したのが以下のグラフです。2012年に27%だったARR比率は2015年には74%と大きく上がっています。

この指標に市場の関心を向けさせ、着実にサブスクリプション契約を増やしていくことで一度下がったAdobeの売上と利益は再度増加していきます。

上に挙げたグラフを改めて見ると、2013年に$4,055M, 23.1%まで下がった売上と営業利益率は、2015年には$4,796M, 28.9%と売上については2012年を超える規模となり、利益についても順調に回復してきています。

このように、ウォールストリートとうまく対話することで、市場からの圧力に耐え切れず改革が中途半端に終わる、というアメリカ企業によくある事業変革の課題をAdobeは乗り切ったと言えます。

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以上4つの観点からAdobeの事業変革を見てきました。

ポイントは彼等が「実行」と「顧客価値」にきちんとフォーカスできていたことだと思います。企業経営では、お題目としての計画が実行されない例は枚挙に暇がないですし、顧客価値がお題目になっていることもまた多いからです。

【参考文献】
Sunil Gupta & Lauren Barley (2014). Reinventing Adobe. HBS No. 9-514-066. Boston, MA: Harvard Business School Publishing.

Adobe Investor Handout, January, 2016
http://wwwimages.adobe.com/content/dam/Adobe/en/investor-relations/PDFs/ADBE-Investor-Handout-Jan2016.pdf

データ分析してみると「人事の常識」は間違ってるかも、というお話

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Mckinsey Quarterlyは、経営の最前線のテーマについて幅広く触れた論考が読めるので重宝している。マッキンゼーのコンサルタント自身が執筆しているので、程よく現場感覚もあり、またデジタル化というテクノロジーの大きな流れもきちんと抑えているので、日々の実務を行う上でのヒントが結構見つかる。今回紹介したいのは、"HR Tech"に関するネタ。

www.mckinsey.com

"People Analytics"、つまり人事領域のデータ分析活用が進むと、今まで人事で常識と思われていたことが実は間違ってたことがわかるかも、というのがこの小論のテーマ。事例とともに3つポイントがあげられている。

どこから人を採用すべきか

あるアジアの銀行では、トップ大学からの採用を最重視していたけれど、各支店でのパフォーマンスを統計分析してみると、どんな「役割」や「ポジション」で経験を積んだかの方がハイパフォーマーと相関が強い、という結果が出た。この銀行はこの結果をもとに、採用手法の再検討、パフォーマンスの計測方法の変更、人材の最適配置、などに関する施策を打ち出し、支店における生産性を25%高めたという。

どうやって採用するか

あるプロフェッショナル・ファームは、年間25万件にも及ぶレジュメが送られてくる状況に困り果てていた。そこで、過去送られてきたレジュメや採用された人の特性、取りたい人材のタイプ、などを統計分析にかけて、採用モデルを構築し、自動化されたスクリーニングで候補者をふるいにかけた。これによって、採用者側で必要なタスクは大幅に減り、面接に集中することが可能になった。

どう人材を引き止めるか

高い離職率に悩まされていた保険会社は、従業員プロファイル、学歴や職歴、人事評価、給与水準などのデータを分析にかけた。そこでわかったのは「比較的小さなチームで、なかなか昇進していなく、パフォーマンスが悪いマネージャーのもとにある社員」が離職率が高い、という事実。そこで、この企業は、従業員のスキル開発やマネージャーのスキル向上に投資することを決定し、離職率を下げることに成功した。ここでのポイントは「給与水準」が一番の要因でないということ。それよりは、しっかりとしたマネージャーのもとで、自分がきちんと成長できているか、というのが重要というのは大切な洞察といえる。

人事領域におけるデータ分析の活用は、経営においていま一番注目されてるテーマの一つ。米企業はファイナンスやマーケティングに比べ、データの取れない人事領域は後回しにしてきたけれど、様々な形でデータ取得できるプラットフォームが整ってきたので、一気に焦点が当たっている。今後も随時触れていきたい。

優れたプレイヤーがマネジメントを嫌うわけ

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僕は様々な部署のマネージャーとやり取りがあるのだけれど、プレイヤーとして優れた人ほど、マネジメントの立場で数字を管理したり、人を方向づけたりすることを、どこか「純粋でない」仕事と思っているなと感じる時がある。それはそれで一つの見識と言える。一方で、管理職の立場になったら、人をマネジメントすることから逃げるわけにんいかないので、ここは壁になってくる。

もちろん、一生プレイヤーでやる、というのも不可能ではない。ただ、優れた人材はやはりマネージャーとしての役割を会社から期待されるし、その仕事をどう本質的に捉えて面白さを見つけていくか、というのはキャリア構築上避けられない。

優秀な人がマネジメントの仕事を好まないのは、誰かに仕事を「やってもらう」(もしくは「やらせる」)側面をどうしても含むからなんだろう。優秀な人はマネージャーから何かを「やらされる」ことを好まないし、誰の力でもない自分の力で成果を出してきた、と自負を持っている場合が多い。なので、いざ自分がマネジメント側になった時にどうしてもそこに違和感を感じてしまう。

結果として、メンバーを放置していたり、自分の成功モデルでメンバーを詰めまくるマネージャーなどが生まれる。当然のことながら、それは長期的に組織が成功するやり方でないので、パフォーマンスがあがらない組織を前にして、彼等は苛立ちを募らせていく。

さらに、そういうマネージャーを上位マネジメントが、プレイヤーとしての優秀さに遠慮や尻込みしてきちんとマネジメントを教えられないと、結果的にもっと不幸なことになる。彼等はマネジメントというのが改めて学ぶ必要のあるスキルであることをうまく認識できず、プレイヤー時代の成功モデルを組織にそのまま持ち込もうとして失敗していく。残念ながらこういう例は多く見てきていて、結局マネージャーとして実績を残せないままプレイヤーに戻っていく人も多い。

また、マネージャーから適切なマネジメントを受けられないことは、組織のメンバーにとっても不幸なことになる。よくあるのは、プレイヤーとして優秀なマネージャーが、難しい仕事を自分で巻き取ってしまうこと。メンバーの実力を信じきれなかったり、育てる手間を面倒と感じるがゆえに、彼等は自ら仕事を推進してしまう。それはメンバーの成長のチャンスを奪うことになり、結果的にマネージャーにとって一番欲しい「優秀なプレイヤー」が生まれてこない悪循環に陥っていく。

こうした残念な例は本当に多い。「優秀なプレイヤー」だった人をうまく説得するのはとても骨が折れる難しい仕事なのだけれど、マネジメントの巧拙が業績を決めるので、嫌われても仕方ないなと思いながら彼等と向かいあうのだった。

 

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

プロフェッショナルマネジャー  ?58四半期連続増益の男

 

 

なぜ目標を立てることが成功の秘訣なのか~産業・組織心理学から読み解く

 

産業・組織心理学エッセンシャルズ

産業・組織心理学エッセンシャルズ

 

 今日は最近じっくり読んで勉強しているこの本のご紹介。

経営管理の仕事をしていると、組織や人のマネジメントに長けているマネージャーとそうでないマネージャーがいることに気づく。そして、マネジメントが得意なマネージャーは必ず何かしらの「方法論」を持っている。僕もマネジメントの経験を積むにつれて、そういった「成功モデル」をいくつか持っている。これらの方法論の理論的背景を勉強したいなと思っていたのだが、この本はまさにその要望にぴったりで、非常に勉強になる。

紹介したい理論はたくさんあるのだけれど、この記事ではまず「目標達成理論」に触れたい。

現実の多くの仕事は達成が困難で報酬も不十分である。期待理論では動機付けの低いこのような仕事でも、なぜ人は努力するのか、これを説明し予測するのが目標設定理論(goal-setting-theory)(Locke & Latham, 1990a)である。目標設定理論では、明確で困難な目標を設定した場合、人は強く動機づけられ高い業績をあげると考える。「産業・組織心理学エッセンシャルズ」 p20

ここのポイントは「明確で困難な目標」というところで、「30分で10問」という目標の方が、「30分で2問」といった簡単な目標、「最善をつくそう」といった曖昧な目標よりも業績を高める、という例があげられている。

さらに、ただ目標を立てるのでなく「必ず実現しなければならない"コミットメント"を必要とする目標」とすることも重要であるとされている。例として「今年の利益目標は1000万円」でなくて「今年中に1000万円の借金を返さねば倒産する」といった目標設定が効果的であるとされている。

この2つのポイントは、アメリカ企業にいると非常に頷けるところで、よく「ストレッチ」という言葉で表現されている。売上や利益、といった目標に限らず、まず「ストレッチ」された難易度の高い目標を具体的な数字と共に「ターゲット」として設定し、責任者に達成を強く迫っていく、というのはアメリカ企業のマネジメントの「基本」と言えるくらい当たり前の手法になっている。

さらに、上の例にある「借金を返さねば倒産する」という目標にコミットさせる部分は、アメリカ企業だと「達成しなければクビになる」というプレッシャーがあたる。もちろん達成しなければ「必ず」クビになるわけでないけれど、クビになったり、役割を外されるかも、という可能性は常にあるので、それは社員に「コミットメント」を促す仕組みとして機能していると言える。

この目標達成理論に基づいた高業績サイクル(Locke & Latham, 1990b)というモデルも非常に面白い。

明確で困難な目標が業績を高めるのは努力に加え、目標が努力だけでは実現できないので新しい方略・技術の考案や学習が促進されるからである。やさしい目標では努力の集中や方略の考案の必要がなく、曖昧な目標では何をどこまですべきかの基準が明確でないので業績が高まらないのである。同上 P21

これは非常に重要なポイント。明確で難しい目標を「立てることによって」イノベーションが生まれ、それが成果に結びつく、というのは多くの含意がある。イノベーションというと、イノベーションの内容に目が行きがちだけれど、まず目標を立てることが「どうやったらそこにたどり着けるか?」という試行錯誤を引き起こし、その繰り返しが結果的にイノベーションを生む、というのは、確かに成功の秘訣になっている事例が多い。

例えば、テスラもまさにそのやり方をとっている。イーロン・マスクは、まず「明確で困難な目標」を明示した。高級車のロードスターからスタートし、モデル S & Xを経て、モデル3でマス・マーケットに進出する。EVの量産化には懐疑的な声が大きかったが、この「明確で困難な目標」に沿って突き進んだ結果、400万円クラスのモデル3の発表にまで漕ぎつけ、あっという間に40万台に迫る予約を獲得した。

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さらに、この「高業績サイクル」を支えるものとして「動機づけ」の重要性が論じられている。

目標設定理論の想定する行動は、実現可能性が高く価値のあるものをめざす期待理論の想定する行動ではない。この行動のめざすものは外的な報酬ではなく自分自身に対する内的な評価の高まりである。(中略)この動機づけによる行動では、達成できない場合でも成果のレベルは高くなるので必ずしも失敗とならない。また、挑戦したこと自体や努力の過程で知識や技術を身につけたことが内的報酬となるので、達成できないことが必ずしも大きな不満足をもたらさないという特徴がある。同上 P22

これまたとても頷けるポイント。金銭など外的な報酬でなく、自分が成長している、という手応えや実感こそが内的な報酬として人々を動機づける。これは多くの人が思い当たる経験を持っているのではないだろうか。

僕も自分が一番成長したと感じ、深い充実感を感じていたのは、前職でCOOから毎日のようにストレッチ気味の経営課題を与えられて、そこに徹底的に没入してベストの解を出すべく奮闘していた時。彼は厳しい課題を突きつけてくるだけでなく、フィードバックも常に与えてくれて、うまくいけば褒めてくれたし、うまくいっていない時は示唆や洞察を与えてくれた。朝起きてから夜寝るまで、経営課題が頭を離れることはなかったけれど、そこでの挑戦や学びは何よりのモチベーションとなっていた。

行き過ぎた金銭的報酬が、社内のインセンティブ構造を歪め金融危機の一因となった、と欧米の金融期間は危機後に厳しく批判された。それ以来、欧米企業では、金銭的報酬でなく内的報酬こそが重要だというのが、Googleなどテクノロジー企業の成功と合わせて強調されはじめている。その流れにおいても、これらの心理学の理論モデルは非常に興味深いと思う。

「ダメならクビ」がハイテク産業の勢いを支えている理由

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いま一緒に仕事をしている事業部長はなかなか含蓄のあることを言うのだけれど、この前こんなことを言っていた。

僕のポジション(シニア・ディレクター)って、運や政治に左右されることも多いから、急にポジション失うこともよくある。それはしかたないのよ。だからさ、きちんと組織を作って、人を育てて、組織の成功を導く「モデル」とか「文化」を作るのがやりがいだよね。

 こういうことをさらっと言えるのはカッコよい。実際のところ、アメリカ企業でディレクター以上(日本企業の執行役員レベル)になり、しかも事業責任を担う役割についていれば、業績が2四半期連続で悪ければほとんどアウトで、たいていの人はクビになるまえに他の仕事を探し始める。また、当然ながらアメリカ企業、特に大企業には社内政治が多かれ少なかれ存在するので、同じ業績を出していても経営陣の評価が異なってくることもよくある。

ダメなら即クビ、というのは厳しく聞こえるかもしれないけれど、産業全体で成長が続いているハイテク産業は、労働市場の流動性が高く、新しいチャンスは外部にいくらでもある。なので、自分のスタイルで業績を残せそうにないなと思えば、彼等はためらいなく会社を辞めて次の機会を求めていく。

この構造の利点は2つある。まず労働市場の流動性が担保されているので、事業責任者や管理職のレイヤーで新陳代謝がきちんと起きる(起こせる)。簡単に言えば、ダメな管理職が重要なポジションで滞留することを防げる。特に、アメリカ企業の経営モデルの場合は、組織の業績はマネジメントの巧拙にかなり依拠しているので、この「新陳代謝」は企業経営において非常に重要なポイントと言える。

以上は雇用者側の視点で、雇われる方にとってもメリットはある。それは、上記した事業部長のように自分の「やりたいこと」を追求できるという点。彼が触れているように、自分がきちんと社内で評価されるかは、運や社内政治にも大きく左右される。ならそこに拘泥しないで、自分がこうしたいと思うビジネスを追求しよう、となる。

実際のところ、いま僕が所属している会社でも、非常に優秀で業績をあげているディレクターが、自分の上司が変わったらすぐ辞めるという例は世界中で頻繁にある。上記したように、ハイテク産業はあちこちにチャンスがあるので、自分が「やりたいこと」が自由にできなそうなら、すぐ他社に移っていくわけである。

もちろん、こういう風に考えず、社内政治をうまく乗りこなして業績があまり出ていないのに居残る人もいる。ただ、全体としてそういった人が安穏としていられない環境と構造があり、それがハイテク産業の勢いを支えていると感じている。

日本的雇用慣行を打ち破れ

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能力主義と企業社会 (岩波新書)

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